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ため息をついて、ウォーレンがぱっとアイルの手から紙を取り上げる。
「あ!」
「アイル様。前にも散々説明いたしましたが、フィルは狼になどなりません。わかったら今すぐ席について、勉強を再開してください」
相変わらずのスパルタだ。高い位置に掲げられた紙を、アイルはぴょんぴょんとジャンプして取り返そうとする。
「もーう! 返してよー! 僕、それ上手に描けたのにー!」
「だったらまずはきちんと勉強なさってください。お絵かきはその後です」
「ぶー! ウォーレンのケチ! じゃあ僕、今度はクラウスが狼さんになった絵を描くもんね!」
取り上げられた紙を諦めて、アイルは新たな紙とペンを手に持った。
「ア、アイル様っ!」
途端に、ウォーレンが慌てたようにアイルからペンを没収する。
「あー! 取らないでよー!」
キーッと、癇癪を起こす寸前の口調でアイルが言った。
「いいえ。そんな悪いことばかりするなら、もうペンを使ってはなりません」
「僕悪いことしてないもん! クラウスが狼さんになった絵を描くだけだもん!」
「だからそれがっ――」
珍しく歯切れの悪いウォーレンに、フィルはことりと首を傾げた。何やら、ウォーレンの顔が赤く染まり上がっている。
――ウォーレン……?
ややあって、はっとしたようにウォーレンが口を開いた。
「とにかく、クラウスもフィルも狼になどなりません! そのように描かれる本人が傷ついたり、嫌な気持ちになったりする絵は描いてはならないのです。わかりましたね?」
さすがは家庭教師、親切丁寧な説明だ。
ちなみに例の口論があった翌日、ウォーレンは顔を合わせるなり一番に「昨日は言いすぎて悪かった」と謝罪してきた。そのことに関してはフィル自身も多分に非があったことを自覚していたため、こちらからも同じく謝罪することによって平和的解決がなされた。
いってももう、両者いい年をした大人なのだ。たかだか一回の口論をきっかけに、その後しつこく険悪な関係を続けるほど子どもではない。
むぅと、この館で唯一精神年齢がお子様並みのアイルが頬を膨らませる。逡巡の後、しゅんと眉尻を下げてこちらを見上げてきた。
「フィルは僕が狼さんの絵を描いて、傷ついちゃったの?」
「え?」
ぽかんとして、フィルは返答に迷う。しょんぼりとした表情を浮かべるアイルに悪気がなかったことは明白で、だったらと、静かに首を横に振った。
「いいえ、アイル様。私は傷ついてなどおりませんよ」
すっと目を細めて微笑みかけると、アイルは「ほんとに⁉」と嬉しそうな声を上げる。
「おいフィル――」
「ウォーレン。よろしければ、その絵をアイル様に返してあげていただけませんか。もちろん、このあとはしっかり勉強するという約束つきで」
「し、しかしだな……っ」
食い下がるウォーレンへと、フィルは苦笑した。
「ご安心を。私は本当に気にしておりませんので。……しかしアイル様」
振り返って、フィルはアイルの目をじっと見る。
「ウォーレンの言う通り、人によってはそれを嬉しくないと感じることがあるのも事実です。ですからクラウスの絵に関しては、もう少し別のものを描いて差し上げてくださいね」
もちろんしっかり勉強したあとで、と再度念を押すと、アイルは「わかったー!」と元気よく返事をした。
ウォーレンはしぶしぶ、アイルにペンと絵を返してあげる。
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