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「ウォーレン?」 「ク、クラウスのことなんか俺は知らん! もう終わったことなんて、いちいち覚えているもんか!」  やけに激しい口調で言い返され、フィルはえ、と固まった。数拍の後、はっと気がついて慌てて謝罪する。 「も、申し訳ございません、ウォーレンっ。私としたことが、不躾な質問を……っ」  エーナであるウォーレンに対し、ペニンダの発情時の状態について尋ねるなんて。あまりにもデリカシーがなさすぎるうえ、下手をすればセクハラ問題だ。  そもそもあの夜はウォーレンもクラウスに近づかないようにしていたはずだし、訊いてもわかるはずがない質問だった。 「お、おまえこそどうだったんだフィル! あの日、わけを説明したにもかかわらずリース様がフィルの部屋に向かわれたと、シモンが焦っていたのだぞ! 男根を切り落とすとか何とか言っておいて、まさかあのリース様とっ――」  ぎょっとして、フィルは目を見開いた。 「な、何を仰るのですウォーレン! 私は誓って、そのような無礼な真似はしておりません!」 「ぶれっ――お、俺たちだって何も……っ!」  わちゃわちゃと言い合う声を遮って、ふいにガチャリと勢いよく部屋の戸が開かれた。フィルはウォーレンと揃ってビクリと肩を跳ねさせる。 「た、大変です、フィル、ウォーレン!」  はあはあと息を切らしながら訴えるのは、作業着であるオーバーオールを身に纏ったフランツだ。つい三十分ほど前に馬の世話をしに表へ出たばかりだったはずなのだが、一体何があったというのだろう。 「どうしたんだ、フランツ。馬に何かあったのか」  真っ先に思い浮かんだ懸念を、ウォーレンが口にする。それに対し、フランツはぶんぶんと首を左右に振った。 「ち、違います! そうではなく……っ、そうではなくっ、城のものと思しき馬車が里から館へと向かって登ってきているのですっ!」 「何⁉」  揃って声を上げて、フィルとウォーレンは目を見開いた。 「城の馬車だと⁉ まさか、王配様が様子を見にやってきたのかっ!」  ウォーレンの言葉を聞いて、すっと肝が冷える。 「そ、そんな……っ。しかし王配様のことは、国王様が説得してくださったはずでっ――」 「そんなこと考えてる暇はないよっ。あの距離だと、きっとあと十分もすれば館に……っ」  あわあわと、テンパった様子でフランツが訴える。  ――あと十分……っ。  どうしよう。王配には、リースは盲目かつ自分で起き上がることができないほどの重症を負ったと説明してあるのだ。しかし現に、そのような状態のリースは存在しない。 「ねえねえ! ダダが僕に会いにきたの⁉ だったら、リースお兄ちゃんもいるのかな!」  勉強をやめて話を聞いていたらしいアイルが、嬉々として瞳を輝かせる。  参った。重症を負ったリースがこの場にいないこともそうだが、この緑色の瞳をしたアイルの存在がバレるのも相当にまずい。 「ど、どうしましょうウォーレン。ひとまずはアイル様を安全な場所に隔離して――」 「……いや。俺に考えがある」

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