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「ねえフィル、どうして僕のこと包帯でぐるぐるにしちゃうの? これでダダのこと、わぁっ! って驚かすの?」
忙しない手つきで手足に包帯を巻きつけるフィルを見て、アイルは不思議そうに尋ねてくる。
「いいえアイル様。そのようなことをしてはなりません。……これは我慢大会です。ですからアイル様はベッドに横になり、じっとして声を発さないでください」
きゅっと手首の包帯を結ぶなり、フィルは目を見て訴えかけた。
「我慢大会? それじゃあ、僕が勝ったら何かご褒美くれるー?」
「そ、それは……」
こういうところばかり抜け目ないのだから、困ったものだ。
「わかりました。では、アイル様がきちんと最後まで声を発さずにじっとしていられたら、私がアイル様のお願いを一つだけ、何でもきいて差し上げます。それでいいですか?」
正直、執事が主人の言うことを聞くのなんて改めて約束しなくても当たり前のことなのだが。ご褒美どうのこうの言っている時点で、自分がいかに位の高い人間なのかを理解していないのだろう。
「えー! ほんとっ? フィル、僕のお願いを何でも叶えてくれるのっ? じゃあ僕、頑張る!」
「私にできる範囲のことではありますが……。それではアイル様、少しお顔を失礼いたします」
「へ?」
ぱちくりと瞬いたアイルの目を、フィルはさっと包帯で覆い隠す。
「わー! 何するのフィル! 僕、何にも見えなくなっちゃったよー!」
「少しだけ我慢してくださいね。何せ、我慢大会ですので」
主人に対しこんな無礼を働く日がくるなんて、思ってもみなかった。騒ぎ立てるアイルを宥めつけ、フィルは何とか目隠しに成功する。
「それではアイル様、約束ですよ。何があっても絶対にこの目隠しを解かないように。――わかりましたね?」
真剣に確認を取っているというのに、アイルは何だか面白可笑しそうにクスクスと笑っている。フィルは心底、不安になった。
……ウォーレンの考えた作戦。それは至ってシンプルなものだった。とりあえず少しでもリースの様態を見れば納得するだろうということから、アイルを重病人に偽装し、ほんの一目だけ見せてやればいいというのである。
もともとリースは人間不信となって館の者以外とは口を利けない状況だと説明してあるため、アイルが何か喋る必要はない。ただ包帯を巻いて横になってさえいてくれれば、あとはフィルたちの話術次第で何とかなるだろうということだ。
――上手くいくといいのだが……。
「フィル! もうすぐ馬車が到着します! ご対応を!」
再度駆けつけてきたフランツに言われ、フィルははっとする。
「わかりました、フランツ。それではアイル様、手を貸すので横になって……」
慌ててアイルの頭に手を添え、そっとベッドに横たえさせた。首元まで布団を掛け、包帯を巻いた腕は見える位置に出しておく。
「頼みましたよ、アイル様。くれぐれも勝手に動いたり、喋ったりなさらないように」
最後にもう一度だけ念を押した後、フィルはあとのことをフランツに任せて部屋を出た。シモンやクラウスにも事情を伝えにいってくれていたウォーレンと合流して間もなく、館の扉をコンコンとノックする音が聞こえてくる。
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