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「フィル、今の声は……」
訝しむようにウォルターが眉を顰め、フィルはドキリとした。
「あ、い、今のは、馬丁のフランツによる返事です。ちょうど今、中でリース様の看病をなさっていたところでして……」
「おい、フランツ! リース様は本当に大丈夫なのか?」
暗に中の状況を探るように、ウォーレンが尋ねる。もしや、もう包帯を解いてはしゃぎ回っているなんてことは……
「だ、大丈夫……かと、思われます……! 多分……!」
めちゃくちゃ不安な返事だった。
「そ、それでは王子様方……。恐らく会話は不可能ですので、お姿をご確認いただくだけにはなりますが……」
恐る恐る扉を開いた途端、フィルの話などまるで無視でアーロンが部屋の中へと押し入った。
「リース! 僕の可愛いリース!」
大声で言いながらベッドへと駆け寄って、アイルの体を抱きしめる。我慢大会をきちんと守ってくれているらしく、アイルは黙って動かなかった。
「可哀想に、こんな包帯まみれになってしまって……。目が見えないんだって? 僕が誰だかわかる? アーロンお兄ちゃんだよ。ずっとリースのことを心配していたんだよ」
さわさわと頬を撫でながら、涙ぐんだ声でアーロンが言う。頼むからあまり刺激しないでくれと、フィルは内心ハラハラだった。
「……リース」
ぽつりと呟いたウォルターが、ふらふらとアイルに歩み寄っていく。すぐそばに立つなりガクリと膝を折って、アーロン同様、横たわるアイルに抱きついた。
「リース……リース……っ。こんな……こんなことになってしまうだなんて……」
ズキリと、胸の奥が痛む。事件の直後、実際に死ぬか生きるかという重症を負っていたリースに対し、自分もあのように泣きながら縋りついた夜があった。
「……」
ラサニエルは無言でアイルのそばに立ち、そっとその頭を撫でた。長男だけあってウォルターやアーロンのように泣き崩れたりはしないものの、その大きな手が小さく震えている様から、胸の痛みが伝わってくる。
予想だにしていなかった兄弟愛に、思いがけずしんみりとする。フランツもウォーレンも、切ない表情を浮かべてその光景を眺めていた。
「……ふ……ふふふ……」
ふと、啜り泣くアーロンの声に紛れて、妙な笑い声が耳を掠める。はっとして見てみると、アイルが吹き出す寸前といったように小刻みに肩を震わせていた。
――ま、まずい……っ。
「お、王子様方っ! 恐縮ですが、そろそろご退場――」
「ばぁー!」
手遅れだった。ばっと身を起こすなり、アイルは勢いに任せて目隠ししていた包帯まで毟り取って放り投げてしまう。
「じゃじゃーん! 僕はアイルだよーん!」
きらきらのスマイルで種明かししたアイルを見て、三人の王子が目を丸くして硬直する。
フィルとウォーレンは揃って額を押さえ、思わずその場に頽れそうになった。
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