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「はい?」
「ダダが言ってたこと、思い出したもん。ずっと夢だと思ってたけど、そうじゃなかったもん。ダダは僕が生まれてこなくてよかったって、そう言ってたんだよ。リースお兄ちゃんのためにも、パパのためにも、僕は死んだほうがよかったんだって……っ」
アイルは勢いよく体を起こし、涙の滲む目でこちらを見つめた。
「アイル、様……」
「僕、生まれてきちゃだめだったんだよ……っ。なのに……っ、なのに僕が蘇っちゃったせいで、リースお兄ちゃん、一日三十分しか生きられなくなっちゃって……っ。僕っ、僕……っ」
ひくひくと喉をしゃくりながら、アイルは涙ながらに訴える。
「僕、リースお兄ちゃんに体を返してあげたいよ……っ。僕なんてっ、僕なんて生まれてきちゃだめだったのに……っ」
「アイル様っ」
咄嗟に、フィルはアイルを抱きしめた。
「アイル様、そのような発言はおやめください。生まれてきてはいけなかったなんてことは、絶対にないのです」
「でもっ、でも……っ」
「でもじゃありません。現に私は、アイル様のことを心から大切に思っております。リース様も、館の使用人たちも、ラサニエル様やウォルター様、アーロン様だってみんな、アイル様を大切な家族だと思っています」
うっと、アイルは喉を詰まらせた。まさかアイルがこんな悲痛な思いを抱いているだなんて、フィルは思ってもみなかった。
生まれてこなければよかったと思ったことは、フィルにだってある。ペニンダとして生を受け、実の両親からも軽蔑され、下男や従僕として働くなか当たり前のように同期から格下のような扱いを受けるたびに、なぜ自分のような出来損ないが生まれてきてしまったのだろうと何度も繰り返しこの生を恨んだ。
しかし今、フィルは生まれてきたことを後悔してはいない。下男から従僕へと実力のみで昇格し、その後出会ったリースに執事として任命され、こうして信頼できる仲間とともに日々生活を送れているからだ。
このような温かい居場所を与えてくれたのも、生きる意味を与えてくれたのも、全てリースだ。リースの優しさがあったから、フィルは今、こうして胸を張って生きていられる。
もしリースという人間に出会い、認めてもらっていなければ、フィルはすでに、この世には存在していないかもしれなかった。
「う……っ、フィルっ、フィル……っ」
「……アイル様。アイル様は一人ではありません。アイル様が傷つき、悲しまれているときは、同じように胸を痛めている人間がいることを忘れないでください。私はいつでもアイル様のそばにいます。そばにいて、アイル様を支え続けます」
この言葉を、リースも聞いているだろうか。聞いているのだろう。複雑で堪らない。しかし、この言葉を聞いて不快になるような彼でないことを、フィルは知っているから。だから決して、アイルを抱きしめる手は緩めなかった。
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