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「わがままを言ってはなりませんよ、アイル様。好き嫌いをせず、いろんなものを食べてたくさん栄養を摂ってください。アイル様が健康を損なわれては、悲しむ人がたくさんいるのですから」  昨晩の会話も考慮して、フィルはアイルへと諭すような目を向けた。  実をいうと、ここ数日アイルがまともに食事を摂っていなかったことが影響して、深夜に目を覚ましたリースが空腹を訴えるということがあったのだ。あたりまえだが、アイルの健康はリースの健康に直結している。 「そうだ、アイル様。それじゃあ俺、野菜ってわかりにくいように、細かーく刻んで入れてあげますよ。それなら食べられるんじゃないですか?」  俯いて唇を尖らせるアイルへと、シモンが顔を覗き込んで尋ねる。逡巡の後、アイルはこくりと頷いた。  素直な態度に、フィルは表情を和らげる。ふと、アイルの唇の端にクリームがついているのに気がついて、手を伸ばした。 「アイル様、お口にクリームがついていらっしゃいますよ」  そっと親指の腹でクリームを拭い、自らの口に含む。途端、驚いたように目を見開くアイルを見てはっとした。 「あ、も、申し訳ございません。拭くものがなかったので、つい……」  というより、相手がリースだと思って取ってしまった行動だった。普通の主従関係ではありえない接触も、リースとフィルの間ならありえたのだ。 「フィル、お下品!」  ビシッと指摘したアイルに、フィルは愕然とする。 「ウォーレンが、手についた食べ物は舐めちゃだめって言ってたよ! 僕、お家に帰ったらウォーレンに教えちゃうもんね!」 「や、それはちょっと……勘弁してください、アイル様」  二週間ほど前は落ちたものさえ気にせず食べていたはずなのにと、フィルはしどろもどろになる。こんなことウォーレンにチクられたら、変な誤解を生みかねない。 「やだもん! 僕、教えちゃうもん! それでね、フィルも一緒にウォーレンのマナー講座を受けるんだよ!」 「いえ、私はすでに嫌というほどマナーを叩き込まれていますので……」  下男出身を舐めてもらっては困る。それ以前に、ペニンダとして生まれたフィルは、せめても礼儀を身につけるようにと幼少期から両親にスパルタ教育を施されているのだ。

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