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「そ、そんなことよりアイル様。このあとはどこを見にいかれますか? 書店や衣料品店、雑貨店など、多様な品物を取り扱ったお店がたくさんありますよ。どこへでも、アイル様の行きたいところへ行きましょう」  話を逸らすべく持ち出したこの提案が失言であったことを自覚したのは、帰りの馬車の中だった。車内を埋め尽くすお菓子やら雑貨やらの品々に、フィルはげっそりと肩を落とす。 「アイル様、かなりはしゃいでたね。これはウォーレンが見たら怒るだろうなぁ」  フィルの肩を借りながら、疲れてすやすやと眠るアイルを見てシモンが苦笑する。  シモンの言う通り、この数々の購入品を見れば間違いなくウォーレンは怒るだろう。マナー云々の話をバラされたくないがためについつい甘やかしてしまったが、結局はフィルが怒られる流れになるのだから参ったものだ。 「……しかし、よかったです。アイル様も少しは元気になられたようですので」  特に雑貨屋で見つけた狼のぬいぐるみをひどく気に入ったらしく、今も穏やかな表情を浮かべて抱きしめている。 「ん……フィル……」  むにゃむにゃとこぼされた寝言を聞いて、ことりと心臓が揺れた。夕日に照らされてキラキラと光るブロンドの髪へと、思わずすっと手が伸びる。 (アイルに戻るまでなら……)  ふと脳裏を過ったリースの言葉に、はっと息を呑んだ。慌てて手を引き戻し、膝の上で握りしめる。  自分は今、誰に何をしようとしたのだろう。たとえ瞳が閉ざされていたとしても、眠りに就いていたとしても、いま隣ですやすやとおぼこい寝息を立てているのはアイルなのだ。  アイルはこれでも、歴としたこの国の第五王子である。フィルのような人間が気軽に触れたり、話しかけてよい相手ではない。  ……どうにも、勘違いしてしまいそうになる。中身がお子様同然であることも然り、その容姿が、瞳を除きリースそのものだから。リースが許してくれていた距離感を、アイルにまで当てはめてしまいがちなのだ。  しかし、気をつけなければ。こういう些細な言動の一つだって、全てリースに見られているのだ。  リースとアイルは別人だ。一卵性の双子だとしても、一つの肉体を共有していたとしても、絶対に同じ人間ではない。人格が別である以上、二人に対する接し方にはきちんとした線引きを設けるべきである。  ――リース様……。  律したそばから、フィルはアイルの横顔を眺めてその名を思い浮かべた。昨晩、腕の中に抱き留めた体温を思い出して、もう何度目かわからない喪失感に悄然とした。

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