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第4話

 そもそも自宅へ招くつもりなんて毛頭無かった。部屋着はベッドの上に脱ぎ捨てたままだし、食卓用のテーブルには昨日買ってきた日用品の入った袋が置きっ放しだ。キッチンの流しには昼食の時に使った食器を放置したままのはずだし、他にも置きっぱなしにしているものがあるはずだ。  玄関のドアが閉まった瞬間、その先に広がる光景が次々とフラッシュバックする。 「あのー……」  リビングへと続く扉の前で立ち止まる。頬を掻きながら、後ろにいる中村を振り返った。 「誘っておきながらあれなんですけど、部屋、ちょーっとだけ散らかってて」  すみません、と前置きしてから彼を招き入れた。  とりあえず冷え切った空気を暖めるため、テーブルからリモコンを探し出してエアコンをつけた。そのままクローゼットへ向かうと、パーカーを直すついでにハンガーを手にして中村の元へと戻る。  男は鞄を両手で持ちながら、リビングの真ん中で所在なさげに佇んでいた。 「すみません。散らかってて」 「全然。僕の家の方がもっと散らかってるよ。仕事の日は帰ってから何もしたくなくなるから」  そう話す彼の顔つきは、ここへ来る前よりも幾分か柔らかくなっていた。 「それに、安心した」 「安心?」 「うん。綺麗に片付いてる方が、むしろ『最初からそういうつもりだったのかな』って勘繰っちゃうから」  頬を緩め、冗談めかした物言いはどこか愉しんでいるようにも見える。 「……中村さんは、どうなんですか?」  彼を見つめる眼差しに熱がこもる。 「どうって……?」  試そうとした俺を逆に手の平で転がすように、相手は素知らぬふりをする。その手の平の上でむしろ走り回りたいくらいの俺は、ハンガーを片手にすぐさま男を抱き寄せた。されるがままの相手と体を密着させる。 「誘われたら……こんな簡単に家までついてくるんですか?」  探ろうと覗き込んだ瞳が妖しく揺らめく。吸い込まれるようにして、ゆっくりと顔を近づけていく。  互いに息を潜める中、おもむろに中村が喉鼓を鳴らした。 「…………井上君だからって言ったら…………?」  吐息混じりにそう囁いた。鼻先があとほんの少しで触れてしまいそうだ。 「……そういうの、俺、マジで真に受けますよ。冗談なら今のうちに言っておいてください……」  眉を寄せ、同じく小声で咎めた。男の唇が緩やかに弧を描いたので、俺は遠慮なく噛みついた。  明かりを消した部屋の中、ベッドへと辿りついた時には互い下着姿だった。  中村に覆い被さり、顔から胸元へと視線を移していく。上下する胸板に目が留まり、そっと右手で触れる。さらりとした肌を撫でれば、その動きに合わせるみたいに胸が上下する。  指に小さな尖りが引っかかる。ピンと立ち上がった姿は愛らしく、親指の腹で引っ掻いて押し潰す。胸を反らしながら身じろぐ男の唇に再び口付ける。 「……ン…………」  中村が甘ったるく鼻を鳴らした。強引に歯列を割り、遠慮がちな舌を追いかけて絡め取った。荒い鼻息に水音が重なる。角度変えて、さながら食らうように何度も唇を重ねた。  胸をまさぐっていた手を、脇腹からさらに下半身へ滑らせていった。硬く勃ち上がっている中心部の形を、布地越しに確かめる。  離した唇から切なげな吐息が零れた。 「……直接触ってもいいですか……?」  中村はゆっくりと瞬きを返してくれた。腰を上げてくれたので、ボクサーパンツを脚から引き抜く。  ベッドに横たわる裸体を、頭のてっぺんから足の爪先までまじまじと見下ろす。飛び掛かりたくなる気持ちを抑えるように、大きく息を吸って細く長く吐き出した。 「……井上君も、脱いで……」  吐息混じりの囁きに促され、言われるがまま脱ぎ捨てた。  男の脚の間に体を割り込ませ、張り詰めた自身を相手のそれに擦り付ける。まるで甘えるような仕草に自分ではにかんでしまうと、中村も照れくさそうに目を伏せた。 「…………すごいな」  不意に相手がぼそりと呟いた。視線の先を追いかけると、どうやら俺の腹筋を見ての感想らしい。 「割れてはないですけど」 「でも、引き締まってて……いいなぁ……」  感嘆しながら、人差し指と中指がそっと肌をなぞっていく。控えめな指先はこそばゆくて、右手を掴むと手の平全体を肌に押し付けた。 「そんな遠慮せずに、好きなだけどうぞ」  目を瞬かせる相手の手を握ったまま腹全体を撫でる。そうするとおずおずと意思を持って、彼の右手が動き出した。  始めはただ触れていただけだったのが、徐々に肌触りを味わうような手つきへと変わっていく。呑気に様子を眺めていれば、いつの間にか指先は乳首に触れそうで触れない際どいラインを掠めていく。  ちらりと相手を窺う。こちらの物言いたげな視線に気づき、相手はにこりと微笑んだ。まるでいたずらが上手くいったと言わんばかりだ。  彼の右手を追いかけて、再び自分の手を重ねた。 「……中村さん……もっと触ってください……」 「……どの辺り……?」 「こっち…………」  へそから下っ腹を通り過ぎ、互いの雄をまとめて握り込む。  亀頭から根元へと何度かゆっくりと扱き、先端から溢れる先走りを親指の腹で塗り広げる。 「フ――……ッ」  できるだけ静かに息を吐きながら、沸き上がる熱を発散させようとする。 「…………僕にさせて…………」  中村は囁くと、こちらが答える間もなく俺の屹立を愛撫し始めた。長い指が双丘へと伸びてやんわりと揉みしだく。 「ぁっ…………」  あまりの気持ち良さに、思わず喘いでしまった。  自身を慰めるのはもっぱら己の右手だった。そんな生活が随分と長く続いてしまったせいで、惚れた相手から与えられる快感は刺激が強過ぎた。いともたやすく理性を吹き飛ばし、もっと触って欲しいと甘えるように腰を揺らしてしまう。  上目に中村を見遣れば、俺の表情をずっと眺めていたようだ。包み込むような柔和な笑みを浮かべて陰茎を握る手に力をこめる。腹筋を触るのに躊躇していた手とは思えないほど積極的だ。 「……ハァ……ぅッ…………」 「…………可愛いな……」 「中村さん、気持ちいい……。もっとシてください…………」 「いいよ。わかった…………」  吐息混じりの声音は優しく甘やかしてくれる。それがさらなる興奮剤になってしまい、早々に果ててしまいそうだ。  先走りで滑りも良くなり、昂ぶりもみるみる硬さを増していく。 「…………ぅ、はぁ……っ」  吐く息が震える。彼の手に自分の手を重ね、痺れるような快楽を追いかけてひたすら擦る。 「……イキそう……?」  こちらを覗き込んでくる相手に頷き返す。頭の中が白みがかっていき、何も考えられなくなる。背中を丸め、低く唸ると同時に手の中の怒張が弾けた。強い快感に体を震わせながら吐精する。中村の腹へ、白濁した体液を残滓まで全て吐き出した。  ぼんやりと霞みがかっていた意識が徐々にクリアになっていく。波は引いていったものの、手中の陰茎は硬さを保ったままだ。 「元気だね」 「……だからって、そっちに話しかけなくても……」  中村の眼差しは勃ち上がった俺自身に注がれていた。竿の部分を愛でるように撫でられ、それだけでもまたムラムラと気分が昂ぶる。 「もしかして、ねだってたりします?」  冗談めかして尋ねてみると、ほんの少し間を置いて垂れた目がこちらを見上げてきた。その双眸は艶っぽく潤んでいる。 「……井上君の、イクの時の表情がすごく色っぽくて、もうあんまり我慢できそうにないんだ。……抱いてくれる?」  二の腕から肩を撫で、首へと回ろうとする手をなけなしの理性で掴んだ。目を丸くする相手を宥めるため、歯を食いしばりながら言葉を絞り出す。 「ほん、のちょっとだけ待ってください……」  すぐさま体を起こしてベッドボードの収納ボックスの中を覗く。探し物が見つからず、今度はベッドの下から物入れを引っ張り出した。雑に引っ掻き回し、手探りで目的の物を取り出した。 「良かったぁ。すみません。最近使ってなかったんで」  ローションとコンドームを見せれば、拍子抜けしたように彼の体はベッドへ沈んでいった。  ジェルを手に絡めつつ、中村の力も借りて体を折り曲げ、尻の奥の窄まりを露わにする。ひくつく縁をやんわりとなぞってみる。 「柔らかいっスね……もう入っちゃいそう……」  思いのほか解れていて、たやすく指を呑み込んでしまいそうだ。もしかすると、自分で慰める時にここも触っていたりするのだろうか。その痴態を想像するだけで、己の下腹部に熱が集まっていくのを感じる。  それでも念には念を入れて十二分に濡らしてから、慎重に指先を中へと押し入れてみる。途端、待ちわびていたかのように強く締め付けられ、肉壁が誘うように蠢く。 「ンっ…………」  中村の表情にも苦痛の色は見えず、むしろ悩ましく眉を寄せている。様子を窺いながらゆっくりと押し進め、目当ての場所を探すように軽く曲げた。指の腹が硬いしこりのようなものに触れる。 「ッ、アッ…………」  喘ぐように男が大きく息を吸った。感じやすい身体なのだろうか。そっとさすっただけでも、びくりと腰を震わせる。ゆっくりと愛撫すると、中村の手が縋るようにシーツをきつく握り締めた。  とろけた瞳がぼんやりと俺の姿を映す。半端に開いた唇は浅い呼吸を繰り返し、胸も大きく上下している。  指を2本、3本と増やしても後孔は難なく咥え込んでいく。根元まで埋めた指をゆっくりと引いて再び中へと挿し入れる。そうして繰り返していくうちに、温かい肉壁は逃がすまいと締め付けてくるようになった。猛った自身をここに突き入れたら、その瞬間に果ててしまいそうだ。  ローションの絡み合ういやらしい音が耳まで刺激してくる。鼻息も荒く、指を動かし続ける。 「……井上君…………もう、大丈夫だから……」  吐息混じりに中村が訴えた。熱を帯びた眼差しが俺の下腹部へと注がれる。涎を垂らして脈打つ怒張を見て、後孔がきゅっと収縮する。 「井上君の、それ……欲しいな…………」  甘い声音で名前を呼ばれ、微笑みをたたえた唇がねだってくる。全身が沸騰したように熱くなり、生唾を飲み込んだ。  頭はのぼせながらも、己の右手はちゃんとコンドームを掴んでいた。手が自ら猛った自身に被せると、態勢を整えて再び男の後孔を押し拡げた。 「挿れますね……痛かったら、すぐに言ってください」  中村はこくりと素直に頷いた。  亀頭を押し付け、力任せにそのまま挿入する。めいいっぱい広がった縁が張った部分を飲み込んでいく。彼の感じるところを擦ると、肉壁が一際きつく雄に絡みつき、締め付けてくる。 「……ぅ、アっ……ッ……」  とろりと開きっぱなしの唇から艶声が零れ落ちた。深呼吸を繰り返し、中村は入り込んでくるものを受け入れようと全身の力を抜こうとする。 「…………ハァ、っ…………お、きい…………」  不意に呟かれた露骨な言葉は無意識らしい。見上げてくる瞳は無垢で、そのギャップにたやすく煽られ、自身を全て埋める前に少しばかり質量が増してしまう。  中村の手がまだシーツを握っていることに気付き、手首を掴んで引き剝がした。 「掴むなら、そっちじゃなくて俺の首にしてください」  相手はされるがまま俺の首へと腕を回してくれる。無防備な姿もますます可愛らしくて堪らない。後孔へと飲み込ませた陰茎も、温かく柔らかい粘膜に締め付けられて気持ちがいい。気を抜いてしまえば軽くイってしまいそうだ。  睨むようにして中村の表情を見つめながら、やっとの思いで全てを彼の中に収めた。 「……入、ったー…………。大丈夫ですか……?」  火照った頬を親指でスリスリと撫でてみる。目を細め、恍惚とした表情をさらにとろけさせると、相手は何かを発しようと小さく息を吸った。けれど、目を瞬かせて静かに吐息する。 「…………井上君は、本当に優しいね……」  艷やかな微笑を浮かべておもむろに俺の腰に脚を引っ掛けてきた。視線をそちらへ向けると、中村は自ら繋がった部分を押し付けてきた。窄まりはまるで食むように蠢いて肉杭を刺激してくる。 「ッ……。大丈夫どころか、むしろ待ち切れない感じですか……?」  負けじと腰を押し付け、突き上げる。男は眉根を寄せ、背に指が食い込んだ。  もっと強く爪を立てて、痕を残してくれたっていい。それくらい夢中で乱れる中村の姿を見てみたい。  腰を引いてはまた突き入れる。彼を身体ごと揺らしながら、収縮する中をゆっくりと自らの形へと押し拡げていく。シーツの擦れる音が微かに響く。  腰から甘い痺れが脳へと伝わり、じわじわと理性の糸を焼いていく。熱に浮かされながらも、彼の感じる所を何とか思い出し、狙って腰を打ち付ける。 「…………、っ……あっ……あぁっ……」  半端に開いた唇から嬌声が零れる。その艶めかしさとは対照的に肉壁は食い千切らん勢いで屹立を締め付けてくる。 「ヤッバ、……気持ちいい……」  思わず漏れた言葉に、相手の眦がふっと綻んだ。「可愛い」と揶揄されてるみたいで気恥ずかしい。羞恥心を隠すためにいっそのこと甘えてしまおうと、鼻先を触れ合わせた。 「動きますね……」  上半身を起こして男の太股を抱え直し、屹立の抜き差しを始めた。小刻みに肌のぶつかり合う乾いた音が部屋に響く。  感じる所を肉杭で何度も擦り上げる度、中村は甘く喘ぎながら身体を震わせた。頭を反らせ、快感に悶える姿を舐め回すように見つめる。  もっと気持ちよくなってほしいと彼自身を手中に収めると、陰茎を軽く扱きながら、ひくつく蕾へ抽挿を繰り返した。 「ぁっ、っ、あぁ……アァ……」 「……ハァッ……っ、ぅっ……」  だんだん何も考えられなくなり、快楽を追い求めてひらすら腰を振る。 「……あ――……っ……イク……イクっ……、中村さん……っ」 「……ンっ……井上、君……」  縋るような声色で名前を呼ばれた。抱きつく腕に力がこもる。  前屈みになり、顔を寄せる。まるで誘うように彼はすっと瞼を閉じた。引き寄せられるまま口付ける。 「……中村さん……俺……もう……」 「僕、も……出る…………っ」  律動が荒々しくなる中、中村の身体が強張った。手中の彼自身から熱い体液が放たれる。  ひくつく窄まりを穿ち、攻め立てれば、肉壁が怒張を搾り上げてくる。限界も近づき、一際強く腰を打ち付けた瞬間、勢いよく自身が爆ぜた。思考を溶かすほどの強い快感が全身を駆け巡っていく。  ゆるゆると腰を前後させて精液を出し尽くすと、途端に全身から力が抜け、男の上に伸し掛かった。  吸い付くように合わさった胸元から、早鐘を打つ彼の鼓動が伝わってきた。自分の心音と重なり、溶け合っていくのを感じながら、無意識のうちに腕を伸ばして抱き締める。 「はぁ――っ……ヤバい……。中村さん、好きです……」  充足感に満たされ、すっかり気が抜けていた。どさくさに紛れて告白していることにワンテンポ遅れて気付き、慌てて体を起こす。  中村は事後の色香を纏いながら笑みを浮かべていた。 「えっ、と、今のはっ」  声を上擦らせ、弁解の言葉を探す。そんな俺に中村は眦を下げて「ありがとう」とだけ囁いた。

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