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第2話

 佐伯と戸叶は、本家に入り部屋の前で待っていた牧島のお付きの榊に事情を説明して、上納金収めたら早々に引き上げる無礼を謝った。  榊も 「それは…」  と絶句して、 「早めに処置してくれ。俺までで済めばいいが、牧島さんの手を煩わせるようなことになるわけには行かんからな…」  こんな風に本家でも恐れているほどの、姫木の独り歩き。 「すんません」  佐伯は頭を下げ、取り敢えず部屋へ入っていった。  ものの15分ほどで部屋を辞した2人は、車で連絡をしようとしてラインに気づき 「おさんぽ亭?どこだ…?三茶か」  と、呟いた佐伯に、戸叶がエンジンをかけながら顔を向けた。 「それ俺の兄貴ん家っすね。それがなにか?」 「姫木が言ってる可能性のある店だって、佐藤から来てた」  画面を見せて、佐伯はーそうか、お前の兄貴んちな…ーと言いながらナビを入れる。 「さっき、子供ができるって話してた兄貴っすよ。おさんぽ亭っていう、レストラン?洋食屋?みたいなのやってるんです」  車を発進させて、戸叶が話し始めた。 「なんかな、姫木が見てた雑誌に記事が上がってたらしくてな、昼飯食いに行くって出て行ったから、ここの可能性が…ってことなんだが…ほんとかよ」  半分くらい疑ってはいるが、他にすがるものもなく取り敢えずでも行ってみるしかない。 「てかナビ入れたけど、お前ナビなしでも行けんじゃねえの?」 「いえ、住所聞きましたけど行く気は無かったんで消しました。一度も行ったことないっす」  フクザツだな…と半笑いして、佐伯はシートに身を預けた。  ともかく急いでくれ。飯食いに行っただけなら何事もなく終わってほしいけどなーと戸叶に言い、そしてタバコに火をつける。 『ほんと、何もないでいてくれよ。居るかはわかんねえけど…』  姫木は案の定だが、おさんぽ亭に向かっていた。  三茶のとある緩い坂道の端にあるその店は、姫木のような成人男性はおよそ入りにくい外装をしていて、ピンクと白の斜めストライプのビニールの庇が店の前面上部にあり、そこに丸い文字で『おさんぽ亭』と書かれている。  外装は白い木で組まれていて、入り口ドアはガラスと白い木でできていた。  きっと入るとカランコロンとカウベルがなるんだなというのが外からもわかる造りである。  しかしそんなことは気にしない男姫木は、案内されていた駐車場も店の前も随分と車でいっぱいで、繁盛結構だなと入り口を入って行く。  ドアを開けると案の定カラコロと可愛らしいカウベルがなり、姫木は顔を上げるなり一瞬眉を顰めた。  駐車場を見た通り、中は確かに満席ではあったがその客の全てが、姫木には見慣れた強面の男ばかりで、入って行った姫木を全員が一斉にジロリと睨むような目でが向いてくる。  ヤクザの貸切かな…そうは思ったが、先を見ると客数の割に店主がカウンターの向こうで作業もせずに座っているのが気になった。  見慣れた分何も感じないので、姫木はその視線を気にもせずズイズイと店に入り、唯一空いていたカウンターに腰掛ける。  カウンターの中では、どこか戸叶に似た顔の男が仏頂面で椅子に座っていて姫木の顔を見て、ーいらっしゃいーと、その顔のままで立ち上がった。 「オムライスとカレー」  本来セルフなのであろう、カウンターに置かれたピッチャーから提供された水に口をつけて、早速注文をする。  本当に何事もないような感じでいる姫木に、客席の強面達はちょっとざわついて来た。 「あ、それとこれ…」  ジャケットの胸ポケットから『お祝い』と書かれた包みを出して、戸叶の兄陽一の方へ向けてカウンターへおいた。 「え?」  仏頂面が一瞬止んで、何ですか?の顔を姫木に向けると姫木は 「和也の上司です。ご懐妊と聞いて…」  意外と世間一般になぞらう人だ。 「何かに役立ててください」  ともう一度水を飲んだ。  事務所で戸叶がおじさんになると言う話を聞いていた姫木は、なんだかんだ戸叶には世話になっているなと思い、昼飯を食うのを理由に祝い金でも渡しに行こうと考えたのだ。  それが照れ臭くて誰にもついてきてほしくなかったと言うのが本日の一人歩きの理由である。  しかし…  後ろから体格のいいスキンヘッドがやってきて、馴れ馴れしく姫木の肩に手を回してきた。 「なあ兄さん。随分と慣れているのか知らんけど、俺達を無視するってのは違うだろ?今ここは立て込んでんだよ。帰ったほうがいいぜ」  黙って座っていれば、ただのヒョロッとした一般人にしか見えない姫木は完全に見下されていた。 「お客さんに手を出すなよ」  陽一が言うが、 「お前にそんなこと言う権限ねえからな。早いとこ慰謝料出せよ。お?金あるじゃねえか。これも預からせてもら…」  陽一の前に置いた祝い袋を持って行こうとした大男の手首を掴んで、姫木は男を睨みつけた。 「おめえにやるんじゃねえ。そこの店主にやったんだ。返せ」  手首の内側、手のひらのすぐ下のところに指を立て、強く押し潰してくる。 「いって!」  思わず離したお祝い袋を取り上げて、姫木はもう一度今度はカウンターの中に入れ込むと、 「泥棒いるからしまってください」  と挑発する。 「なんだあてめえっ!大人しくしてればいい気になりやがって!どこのもんだ!あ!」  姫木の胸ぐらを掴んで椅子から引きずり上げた大男は、そのまま店のフロアに引っ張り出し顔を最大限近づけた。 「度胸座ってんな。どっかの半グレか?ヤンキー上がりか?それともどっかの組のやつか?あん?」  タバコとコーヒーで口臭がひどく、目で威圧したいが耐えられない。  なので思わず大男の腹に足を当て 「臭えんだよ!」  と、壁に蹴り飛ばしてしまった。瞬間ヤベッとは思ったが、どうにも耐えられなくてつい…と言った感じだ。  男が飛ばされたところは、仲間が座っていたテーブルとテーブルのちょうど間ではあったが、男の腰回りはその隙間を通らずしたたか腰を打ち付けていた。  男が吹っ飛ばされた瞬間に、店内全員が立ち上がり 「何すんだボケッ!」 「いい気になってんじゃねぞこらっ」  定番の決まり文句が飛び交い、姫木はため息をつく。  そのため息は、『またこんな目にあっちまうのか』という意味合いのものであったが、周りはそうは取ってくれず 「なんだてめえ、バカにしてんのか!」  と、向こうから殴りかかってきた。  反射的に避けて反射的にカウンターを喰らわすと、また1人吹っ飛び周りの連中は本腰を入れてファイティングポーズを取り始める。  姫木本人にその気はなくとも、やってくるから仕方がない。 「店の中で暴れるな!やんなら外でやれよ!」  注文のオムライスに入れるチキンライスをフライパンで炒めながら、陽一が怒鳴った。 「だからおめえは何も言うなって言ってんだ!」  さっきのスキンヘッドも立ち上がっていたが、腰をさすりながら動けないでいる。  そんな間に再び1人の坊主頭が姫木に踊りかかり、姫木はそれを殴り飛ばしその後ろにいたやつも横から蹴り倒した。  強さを見せつけられ、残りの者たちがジリジリと間合いを取り始めた時に、1番奥にずっと座っていた、天然なのかうねった前髪をスチールの櫛で前髪から後ろへ止め肩くらいの髪を揺らしている男が、立ち上がって姫木のそばまでやってくる。 「ここまで冷静で、こんなに暴れられるのはどこかの組の|者《もん》だな。どこの組だ」  襟を掴んで引っ張られて顔を近づけられたが、今度はイチゴの香りがして男が飴を舐めていることに気づいた。  言っていいんだっけかな…向こうがこう出てくると名乗らずにはいられなく、まあ立場上仕方ない…と武器は持っていないと両手を一度上げてから、内ポケットから名刺を出した。  佐伯から1枚くらいは持っておけと言われて、その通り一枚だけ持っている名刺だ。  それを見て男の片方の眉が上がった。名刺と姫木を交互に見て 「ははぁ、あんたがねえ…相棒はどうした」  と 聞いてくる。  周りは不思議になり 「|兎月《とげつ》さん、いったいこいつは」  と、1番最初に姫木に絡んできたスキンヘッドが、腰を抑えながらそばに来て訪ねた。 「今日は俺1人だ。ここに飯食いに来ただけだけど、あんたらは。俺らのこと知ってるんなら…まあ高遠とは限らねえか…どこの方で」  後ろからきたでかい男、|亀谷《かめたに》に名刺を見せ 「判るか?」  と聞く。亀谷は 「わかんないっすね…」  と首を傾げた。  高遠の特攻隊は、各組の組長とそれに準ずる者以外、名前を知っているものは案外少ない。 「何なんです?」  聞いてくる亀谷を抑えて、 「いや、俺らは高遠だよ。俺は尾崎組の兎月という」  姫木の頭に、目の前の亀谷と同じ頭をしてそれでも姫木を子供扱いしてきたおっさんが想起された。 ーあいつの組かー 「ああ、組長元気すか」  心の声はしまって、当たり障りない話を続けようとしたが兎月は 「今日ここに俺らがいるのはな、しのぎのためなんだよ。なんでな、邪魔しねえでくれねえか?あんたらの組とは関係ねえ事だろう?」  イチゴ味の飴をコロコロ言わせながら、目だけをギラギラさせて兎月は姫木の襟を再び掴んだ。  しのぎはその組でやっていくものだから、別に何やっても構わないがこの店は戸叶の兄貴の店だ。身内の関係者だしな…と思うが、どこまで言っていいものか…  その時、入り口のカウベルがなって 「いやあ、見慣れた顔がお揃いっすね。車いっぱいだから繁盛してるのかと思いきや、これは一体?誰かのお誕生日っすか」  ニコニコ笑って革ジャンにサングラスの佐伯がやってきた。

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