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第3話

 姫木は気まずそうな顔をして、カウンターの方へ顔を向ける。 「|兎月《とげつ》さんじゃないですか。久しぶりっすね」  尾崎組は本家の幹部会にも顔を出す組だ。そこの若頭の兎月はそこで佐伯にも何度か会っている。 「今日は相棒がいねえのかって聞いてたところだよ。待ち合わせか?でも今この店でそれは勘弁してくれ。俺らしのぎの最中なんだ」  佐伯が見回すと、包帯でぐるぐる巻きになった腕を元気に振り上げている者や、ギプスをつけた足を軸に立っている男などがいて、成程…と納得する。 「ここの店長がね、俺らの仲間を車で引っ掛けてくれてさ、慰謝料を請求に来てるところなんだよ」  カウンターの中で、カレーを盛りながら知ったこっちゃないと言った顔で 「オムライスとカレーできたよ。冷めないうちに食ってくれ。和也の上司と聞いて大盛りにしといたよ」  カウンターに置かれたカレーとオムライスを見て、姫木はせっかくなんで冷めないうちに…とカウンターに向かおうとした時 「ふざけてんじゃねえよ!」  と亀谷に肩を引っ張られ、  そして亀谷は 「お前らは出ていけ!邪魔をする道理はないはずだぞ」  と言いながらオムライスを店側の床に叩きつける。  それを見た姫木は、亀谷を絞めようと手を伸ばした時 「姫木やめとけ。まあもったいなくはあるが、こいつにはもったいないお化けが今夜出るだろうから、ほっとけよ」  ちっと舌を鳴らして姫木は佐伯の脇に立つ。  タッパが他のメンツより20cm前後は高い。身長で張れるのは亀谷と、準じて兎月くらいだ。 「威圧感あるねえ。まあでもよ、野暮だろう仕事の邪魔すんのぁよ。とっとと帰ってくんねえか」  いい加減兎月も苛立ってきたのか、飴を噛み砕いてもう一個なめそれすらガリゴリと噛み砕いた。 「ん〜そうしたいところなんすけどね兎月さん。ちょっと問題があって…」 「あん?」 「ここの店長、あの陽一さんって言うんっすけどね、うちの舎弟の兄貴なんすよ」  戸叶が入り口でコートのポケットに両手を突っ込んで立っていて、注目されてツーブロショートの頭を下げる。 「なんだと?」  兎月は嫌な予感がした。  そう言う決まりがあるわけではないが、系列の組の構成員の知り合いとなると、知らずにやってしまったものはしたかないが、こうして先にわかってしまった場合分が悪い。 「おまえら…」 「請求はいくらだったんすか?」 「一千万だよ」  カウンターの向こうから声がした。 「だいたい俺は引っ掛けてもいねえんだ。そっちがふらついてぶつかってきておいてこれだし、一千万は法外だろ」  元ヤンだけあって根性は座っている。 「確かに…ちょっとぼったくりすぎっすね…」  静かに兎月と亀谷、その他を見回して、 「その半分の500万なら俺らが出しますよ。しのぎの邪魔してしまったお詫びに」 「舐めるなよ!一千万の儲けを半分にできるか!」  亀谷が息巻くが、金額は確かに半分だ。それで満足がいくはずがない。 「それはちょっと受け難い案だな…まあ、今日はこっちが引くわ。うちの組長とも相談して、そっちの牧島に連絡する」  それを聞いて姫木が頭を掻く。  その姫木を肘でこづいて佐伯は 「わかりました。ご連絡をお待ちします」  と軽くだが礼をして、ゾロゾロと去ってゆく兎月たちを見送って、ドアが閉まった瞬間に 「おまえなぁあぁぁああああ」  と姫木の肩を掴んで大きなため息をついた。 「またこれだ!お前1人で出歩くなって言っただろ!なんでこう…ああああ今度は牧島さんだよ」  姫木も済まなそうな顔はしているが、気になるのはカレー。 「もういいよ、食ってこい」  若干嬉しそうな顔をして姫木は再びカウンターへ着くと、表面が渇きかけているカレーを食べ始めた。 「陽兄、久しぶり」 「おう、久しぶりだな。少しでっかくなったか?」   もう会うこともないと思っていた兄と思いがけなく会えて、なぜだか戸叶は少し緊張する。 「な訳ねえだろ、最後に会った時と身長変わってねえわ」   ぎこちないが、それでも兄弟の会話にそれを微笑ましく見ていた佐伯だが、陽一に 「|姫木《こいつ》が偶然でもここに来て良かったす。一千万はぼったくりですけど、取ると言ったら取る業界っすから」  などと苦笑しながら姫木の隣に座ってータバコいっすかーと確認してから火をつけた。  戸叶もここ座れ、と隣を指して言われた通り戸叶は座る。 「へえ、よく言うこと聞いてますねあの跳ねっ返りが」  言葉とは裏腹に、笑いながらなんか食ってくか?と聞いて。返事も待たずにオムライスを作り始めた。 「戸叶…和也はよくやってくれてますよ。相棒の佐藤と一緒にうちのナンバー3、4っすよ」 「へえ」  フライパンを振りながら、嬉しそうに陽一は笑う。 「ところでお兄さん」 「んー?」 「さっきの件ですけど、こっちで話しつけるんでもうあいつら来なくなると思います。もしきたら俺らに連絡してください。話つけた後来るのはちょっとまずいんで」 「ん、わかった。何だか知らない間に解決しちゃったけど、ありがとうな。一千万なんて、これから子供産まれるのにとんでもなかった。あ、それ祝い金ありがとうな。大事に使わせてもらう」 ー祝い金?ーと一瞬佐伯と戸叶は顔を見合わせたが、姫木がここにきた理由が漸く理解できて、 「あ、いや、おめでとうございます」 「おめでとう」  と2人で取り繕った。  今回の件は尾崎から直接牧島へ連絡が行き、榊がため息混じりに佐伯へと連絡をしてきた。 ー今から来いー  と言われたのは、店に行った次ぐ日のこと。  佐伯は姫木と2人、佐藤も戸叶も伴わず高遠組の本家へと向かう。  結果身内の親類を助けたことにはなるが、系列の組のしのぎを邪魔した事実は重大な過失だ。ペナルティを食らっても文句は言えない。その話し合いに、自分たちの護衛をつけている場合ではなかった。

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