4 / 12

第4話

 玄関を入ると、榊が直接待ち構えていて他の面子が揃っている部屋への案内をしてくれた。  榊直々の案内となると…そう考えて佐伯も姫木も少し背中が汗ばむ。  榊が案内したのは、牧島が本家で使っている部屋の隠し部屋だった。  牧島組は、表に看板をあげているわけではなく、この高遠本家の中に存在していて、牧島の部屋=牧島組の事務所なのだ。しかもその隠し部屋。  隠し部屋とはいえ離れになっている和室で、盗聴盗撮の管理が徹底的に行き届いている部屋だということだ。外からはその部屋の存在は判らなくなっている。  系列のしのぎの邪魔はそこまで他のものには情報を漏らしたくないことでもあった。  部屋へ入る際、佐伯と姫木は障子の前に正座をし片膝を立てた榊が 「連れてきました」  と声をかけると、中からそうそう怒ってもいなそうな牧島の声で 「入れ」  と言ってきた。  榊が障子を開けると同時に、2人は太ももに両手を置いたまま頭を下げる。土下座ではない。そこまでの必要なないと判断はした。 「まあ入れ。もう大方の話し合いはついてるけどな」  牧島が背にしている床の間には、鶏頭とコスモスが品良く花器に生けられていて、その牧島の前に和テーブルが長く置かれていた。  牧島から見てその左側に、手前から尾崎組長、兎月、亀谷の3人が座っており、障子側の席に2人は通され、榊、佐伯、姫木の順に座った。 「今回は、尾崎の組には不運な出来事だったが、佐伯と姫木(おまえたち)に悪意はないのは誰もが解ってる」    牧島が尾崎の顔を確認しながらそういうと、尾崎も 「仕方のないことだと理解はします。が、こいつらが中々納得できなくているんで、その相談にきた次第で…」  牧島の顔から流して佐伯と姫木の顔を確認する。 「この度は、うちの姫木が不調法を行いまして大変申し訳なく思っています」  もとより座布団を避けて座っていた2人は、今度は畳に手をついてテーブルの位置まで頭を下げた。 「お前たちが頭下げてこいつらが納得できるならいいんだけど、そういう訳にもいかないんだから、頭あげな」  尾崎が手を振って、2人に頭を上げさせ 「新法できてからだいぶ経つけど、それ以来どこも大変なのは承知だろう」  尾崎は、出されていたお茶で唇を湿らせる。 「うちも同様でなあ。で、今少し牧島さんとも話したんだけどな、今回のしのぎがダメになった代償として『相応の見返り』でいいんじゃないかと。そう言う話になってるんだが、2人はどうだ」  と、2人の方へ身体をほんの少しむけて言う。  こう言う時の『相応の見返り』は大抵が金だ。 「それで済ませていただけるならこちらとしても、助かると言ってはなんですが…助かります」 そう言う佐伯を、亀谷が睨みつける。 「本当ならあの店を預からして貰いてえんだけどよ!」  言葉も荒く言い募る亀岡の腕を突いて、兎月が牽制した。 「組長の意向なんだからお前は口出すな。『それ相応』はちゃんとしてくれるだろうさ。なあ、佐伯」 「勿論です」  姫木が無口なのは牧島も榊も知っているが、尾崎や兎月にしたら何も話さない姫木が不気味だし、反省してないのか?とさえ見えてしまう。 「姫木よ、お前が張本人なんだが、反省してんのか?」  尾崎にそう言われて、姫木はもう一度頭を下げ、 「不調法は申し訳なく思っています。できるだけのことでお返ししたいと思います」  そう言い、頭を上げてテーブルを見つめる。 「まあ、いつもあんなで何考えてるか解らねえやつだけど、俺から見ても今日は反省してるように見えるから、尾崎よ、それで許してやってくれ」  高遠ナンバー2の牧島にそう言われては尾崎もそれ以上は言えない。 「で、だ。『それ相応の見返り』の件だがな、尾崎は700万で手を打つと言っている」  700万、えらく半端な金額だ。 「もとよりあの店にこいつらが一千万ふっかけてたと聞いたが、流石に俺もふっかけすぎだと叱ったよ。なんでまあ、その儲け分として500と、詫び代として200で700っていうこった」  話を聞けば妥当だろうな、と佐伯も思う。  しかし亀谷は渋い顔をして、この金額には納得はしていなそうだ。  一千万はふっかけすぎにしても、徐々に追い詰めていけば取れるだけのものは取れるのが脅迫業(ゆすり)だ。700程度で納得がいくわけがない。  しかし上同士が決めたことには従わなければならないのも、この業界の大前提であって…。  今回のことはこの金額で手打ちとなり、この話し合いもこの7人以外は知らないこととして処理することとなった。  当日戸叶が立ち会ってしまったが、そこは戸叶も心得ているだろう。  佐伯は自分と姫木が管理する双龍会()の口座から出す事にし、それ自体を今回の姫木への戒めとした。  帰り道 「まあ、お前もさ今年はなんだか運が悪いみてーだから、もうあんま動くな。あるだろ、大殺界とか裏運気とかさ。今年いっぱいおとなしくしてろ」  レクサスの運転席で、佐伯はタバコに火をつけた。  うはー吸いたかったわーと声をあげて思い切り煙を吐き出し、いけね、と窓を開ける。 「組の金…使う気だろ。そこはまじですまん」  他のものに任せない佐伯と姫木が管理する組の金とは、いざという時につかうもので、もしも自分たちに何かあった時に若いものが暫くでも困らないようにプールしてある金だった。  こんな時に使う金でもあったがこんな緊急に何百万も動くことは珍しい。すぐに回収する自信はあるが、でかいことはでかい。 「まあそこも気にすんな。すぐに戻せるさ。俺らだってそうそうはくたばらねえだろ」  煙草の灰をちゃんと車の灰皿へと落として佐伯は笑う。 「まあそうだけど」  やはり少し申し訳なさそうな姫木に、佐伯は 「そんな気にするんだったら、今夜俺と遊ぼうぜ?それでチャラにしてやる」  冗談めかして、易々と身体を触らせてくれない姫木に言ってみると 「ん…いいけど…」  と素直な返事。  逆に佐伯は声を詰まらせ 「おいおい、それじゃつけ込むようで俺が嫌だわ」  タバコを灰皿に押し付けてー冗談だってーと髪を一撫ですると、ーいいならやっちゃうけどさーと小さく笑って、車を事務所へと向かわせた。  それから1週間。  佐伯には、あの時の亀谷とかいう男の顔がどうも引っ掛かっていて、ただでは済まさない雰囲気をしていたものだから、定期的に下っ端の涌谷を『おさんぽ亭』へと送り込んではいたのだ。  だがそれも、先ほど涌谷から尾崎組(それもん)らしき者は出入りしていないと言う報告を受けて、取り越し苦労だったか…と涌谷に引き上げを伝えたばかりである。  それでも胸のザワザワは消えることはなかったのだが。    しかし案の定というべきか、コトはその隙をついて進んでいた。

ともだちにシェアしよう!