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第6話

 尾崎は鳴った携帯の主を確認して電話に出た。 「どうだった?」  電話の主は組の若い衆で、あの話し合いの日から亀谷を張らせている。 『今日はパチンコ行って、たった今開店した居酒屋に入り込みました。怪しい行動はないんですが、やたらと電話をしてました。気になるのはその辺です』  電話か…尾崎は電話を切って、部屋中央の応接セットについている兎月の元へ向かった。 「今のところ怪しい動きはないみたいだが、やたら電話をかけていたらしい。そこは少し気になるな」  兎月は目の前に座ってタバコを咥えた尾崎に火を差し出して、 「どこかと連絡取り合ってんですかね。何しようとしてるんだか」  亀谷は基本、人はいいんだが直情的なのと恨みがましい面があるのは気づいている。  今回その両方が発動しているようで、随分前から亀谷の面倒を見ていた2人はそこを心配していた。 「まさか牧島さん出してまでのことを反故にはできねえからな。あの跳ねっ返りがなんかする前に抑えねえと」  しかし次ぐ日にその若い衆からもたらされた情報は深刻だった。 『毎日じゃないんですけど、何日かに一回三茶の例の店に出入りしてますね。いつからなのかは分かりませんが、割とまともな格好で。いつもの兄貴の格好じゃないですよ。笑っちまうくらい』  電話の向こうでそいつは笑うが、尾崎は舌を鳴らして亀谷の行動にイラつく。 「あいつ…」  陽一の店に出入りするのがバレるだけでも、組の存続に関わることだ。  取り敢えず、なんのためにあの店に出入りしているかを確かめなければならず、電話の若い者には、そのまま張り込みを続けるように言い、兎月へ連絡をしてもしもの対策を練ることにした。  できるだけ内密に、組内だけで済ませたいと尾崎は願う。  組への裏切りや約束の取り違えなどがバレたら、それこそやつら(双龍会)が出てくるはずだ。  噂でしか知らないが、容赦なく、顔色ひとつ変えずに執行してくる奴らと聞いている。関わりたくは無かった。  数日経っても尾崎組の動きは見えず、やはり取り越し苦労だったのかと佐伯が思った矢先の午前11時頃、戸叶のスマホに一本の電話が入った。 『◯◯病院ですが、戸叶和也さんの電話でよろしいでしょうか』  そう、病院だった。 「病院…?」   その時戸叶は事務所で、パソコンに向かい帳簿の整理をしていてその連絡に思わず声がでる。 「戸叶和也は俺ですけれど…」 『戸叶恵さんと言う方が、切迫早産で緊急に運ばれましてですね、ご主人にも連絡入れているんですがなかなか通じなくて、恵さんの携帯の連絡帳の同じ苗字で1番上にあったそちらにかけさせていただいています。もしご主人の居場所が判ったらご一緒に病院まで来ていただけませんか、緊急手術になるかもしれないので』  急いでいるのかめちゃめちゃ早口で捲し立てられて、途中口を挟む間もなく、来られますか?と問われ、行くしかないのでーはいーと言ってしまう。  恵は陽一の妻で、切迫早産とは?と思うが早産くらいは理解ができた。 「どうした?病院って聞こえたけど」  奥の部屋から佐伯も、心配そうに顔を出す。 「なんだか今いちよくわからないんすけど、義理の姉が病院に運ばれたらしくて、兄貴と連絡つかないから俺んとこに連絡来たみたいなんすよ。兄貴に連絡つかないっておかしいっすよね…たまたまどっかに行ってるのかな」  スマホを鳴らしてみるが出ることもなく、何やってんだよ嫁さんが大変な時に!と憤るが、連絡が来た以上行くしかない。 「すんません、俺ちょっと病院行ってきます。事情もわからないし」 「ああ、解った気をつけて行けよ。誰かつけるか?」 「いえ、1人で平気っす。早産ってことは産まれるってことっすかね。顔みられるかも」  などと喜び半分で出かけたが、事態はそう甘い出来事(もの)ではなかった。    少々日付は遡る。  尾崎組の奥の雑居スペースで、若いものがわいわいと賑やかに騒いでいた。  兎月はそこへ足を向け、 「随分楽しそうだな」  と声をかけた。そこの1番若いゴローとか言うやつが 「亀谷の兄貴に小遣いもらったんで、これ買ったんっすよ!カッコイイっしょ!」  と腕にはめたアップルウォッチを見せてきた。  亀谷に?と一瞬思ったが話は聞き出すものだと思い直し 「おお、かっこいいな。俺も欲しいと思ってたんだ。これはいくらした?」  と聞いてみた。ゴローは得意げに 「約6万っすね。いやー兄貴ちょっと金入ったって言って、俺宅配便を出す手伝いしただけなのに10万くれました」  と言ってニコニコしている。ペラペラ喋ってくれる新入りは便利だなあと思いながら、兎月は 「そうか、よかったな。残った金でみんなにも飯くらい奢ってやれや。もらった金は人に施すと倍になって返ってくるっていうからな」  ゴローの頭を撫でてそう言ってやるとーマジっすか!ーと飛び跳ねて、じゃあ今夜焼肉でも行くか?と、またその場が賑やかになり、亀谷に金が入ったと言う情報を得た兎月は、今不在の尾崎へ電話をかけ、すぐにでも亀谷をとっ捕まえましょうと伝えた。  まあ、ゴローに言ったことは嘘なわけだが、汚え金は分散しちまった方がいいからな…という(かしら)心だ  病院へ着くと、戸叶は名前と事情を受付で話した。  受付で少し待っていると1人の看護師が迎えにきてくれた。  割と急いでいる風で、案内されたのが手術室の前。 「手術室…?」  「そうなんです。母子共に危険だったので、事後承諾で大変申し訳ありませんでしたが、帝王切開術を始めさせていただきました。それに基づきこちらにサインをお願いしたいのですが…えっと、ご関係は…」 「あ、俺は義理の弟です」 「ではご主人のご兄弟ということですね。ご主人はいらっしゃらなかったですか」  ボードに留められた紙に、看護師は何やら書いて行くが 「そうなんです、連絡もしたんですが…」  戸叶がそう言った時、ボードを渡された。  サインしろというが、そんな大事なことを自分のサインでいいのか…。  しかしすぐ上の兄大貴(たいき)とも連絡をとっていず、どうしようもない戸叶は仕方なくサインをした。  説明によると、恵は出血もしていたし少し羊水も漏れていたらしい。  実際はそれなら少し様子をみるようなのだが、いかんせん運ばれてきた時の恵の様子がおかしくて、 「陽ちゃんが!陽ちゃん!ああ、どうして…」  と泣き叫び、やっぱり家に帰ります!と暴れるものだから子宮が刺激され切迫早産の兆候が出たらしかった。 「陽ちゃんて言うのは、兄ですね…」  看護師は持っていたボードに挟まれた紙に色々記載しながら話をし、妊婦に安全な鎮静剤を打ってはみたが長い時間効かなくて、陣痛のような傾向も現れたため母子の安全のために手術を始めたという。  26週はギリギリだが大丈夫な月数(つきすう)と言ってくれてそこは安心したが、母体が不安定なので術後も少し心配だと看護師は言っていた。  しかし子供は体重が2000g超えるまでは『保育器』で育てることにはなるとも言われた。  色々言われて何が何やらだったが、ともあれ子供はすごく早く生まれてきてしまうらしく、体重が増えるまで『ほいくき』というところに入れられるというのは解った。  あと母体…恵さんが不安定なこと。そこが戸叶は知りたいところなのだ。  手術室の前の廊下で1人座っていると、やはり心細い。  やっぱ誰かに来て貰えばよかったな…と思うが、とりあえず頭を整理することにした。  恵は家で半狂乱になるようなものを見たか聞いたかしたのだろう。そしてそのショックで出血してお腹も痛くなったのか、誰が呼んだか救急車で運ばれた。  だがそれでも旦那である陽一の名を呼ぶばかりで、家に戻らないとを繰り返す。 ー何があった?ー  何が何やらわからないから、兄のこととは言え不安になる。  しかし、15分も経った頃に手術室が開き移動するベッドに乗った恵が運ばれてきた。ストレッチャーとかいうのではなく、ベッドだったことに少し驚いた。 「恵さん…和也です…」  運ばれてゆく恵に声をかけてみたが、全身麻酔だったらしく返事はない。  戸叶は取り敢えず運ばれた部屋まで確認してから、携帯が使える病棟の面会場までやってきて佐伯に連絡をした。 「無事…っていうかまあ、母子ともに生きてます」 『なんだそれ、よかったなおめでとうおじさん』  笑い声でそう言われて、そういえばおじさんか…と一瞬我に帰るが、『色々と腑におちなくて…』とボソリと戸叶は呟く。 『どうした?』 「ええ、なんか母親…恵さんの様子が、運ばれた時におかしかったそうなんです。鎮静剤を入れても効かなくて、それでなんちゃら言ってましたが帝王切開で赤ん坊取り出したそうです。それほどまでにおかしかったようなんですが、その理由が判らなくて」 『兄貴と連絡は?』 「いや、産まれてからはまだ連絡入れてないっすけど」  佐伯の胸が再びざわつき始めた。 『取り敢えず、義姉(ねえ)さんと話ができたら、その時にまた連絡をくれ』 「わかりました」  戸叶は電話を切り、その手で陽一へとかけてみた、がコールは鳴るが出ない。  流石になんかおかしいと思い始め、恵が早く起きてくれないかと病室へと向かう。

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