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第8話
店の前で待ち合わせると、佐伯は姫木と佐藤を伴って現れた。
「ご足労をおかけして」
「なんだ?かしこまるなよ」
あまりに深刻そうな戸叶に優しく笑って肩を叩く。
店の前で恵の言った言葉を全部伝えるが、
「要領を得ないな…家に行けば判るみたいな感じか?」
店をぐるっと回ると裏手に階段があり、どうやらそこが自宅への入口らしかった。
言われた所から鍵を持って階段を上がると玄関は薄く開かれており、職業柄勘繰るが緊急で運ばれてこうなっているだけかもしれないとも思い、戸叶と佐藤が警戒しながらドアを開けてみた。
土足で入った形跡も荒らされた形跡もなく、大丈夫だろうと佐伯と姫木を中へと促す。
玄関に立つと右側が大きく開かれリビングダイニングとなっていた。日当たりのいい気持ちのいい部屋だ。
その玄関に入ってすぐの足元に、段ボール箱が開かれた状態で置かれているのが不自然で、佐伯が
「なんだ?」
とその段ボールを覗くと、腕時計と携帯、指輪の入ったファスナー付きの保存袋、その下に現金の束が見た感じ500万以上敷いてある。
携帯もここにあったのでは通じないわけだ…。
「本当になんだ?」
佐伯はグローブをはめ、その袋を持ち上げてみると腕時計はいずれにしろ指輪には少し見覚えがあった。
あの、姫木が店に行った日に陽一の指についていた指輪に酷似している。
それに眉を顰めていると
「佐伯さん!これ…」
部屋の先へと偵察に行っていた佐藤が少し声をあげ、やはりグローブをつけた手で一つのファスナー袋を持ってきた。少し先に落ちていたらしいそれに入っていたものは…
「指…?」
切り口は処理をされているのか袋に血の一滴もないが、確かに指で造形物とも見えるがそれを見て戸叶がーヒッーと喉を詰まらせた。
「戸叶?」
姫木が戸叶の背中をさするほどに、戸叶は息を詰まらせそれでも気丈に息を整え
「それ…兄貴の右手の薬指…」
とだけいい絶句した。
何があったのか。なぜ陽一の指が…
「そのゴシッククロスのタトゥーは、兄貴が20歳の時にいれたもので…」
その指の根本には、剣をモチーフにした小さなクロスが彫られていてそれは間違いなく陽一を表す物だった。
戸叶の身体がガクガクと震え、吐いたり半狂乱になっていた恵が思いだされ、戸叶も口を抑えてその辺のドアを開けまくりトイレを確認して嘔吐する。恵は間違いなくこれを見た。
吐くのは指が気持ち悪いのではない。恵にはその要素もあっただろうが、そうではない。
その指が近しい者の物で、それがここにある事実が考えたくもないことだからだ。
佐伯はスマホを取り出して児島へ連絡をとる。
「児島か、今からすぐに尾崎組の動向を探れ。涌谷と上村も連れて、個別に兎月と亀谷もだ。様子がおかしい奴がいたら連絡しろ。バレないようにだぞ。画像は今送る」
ーわかりましたーとの返事を聞いて佐伯は電話を切り、すぐに3人の画像を送った。
「戸叶大丈夫か義理姉 さんの病院に行くが行けそうか。無理ならここでしばらく休んでてもいいが」
とトイレに座り込んでいる戸叶の背中を撫でた。
姫木は段ボールの中の時計や指輪を見て密やかに怒りを燃やし始めている。
「この状況がどう言うことかはお前らには判ると思う。問題は『誰がやったか』だ」
入っていた金の束も数えてみれば700万ある。
「しかもこの金はうちから出した金額と一緒だな…返すってか。野郎舐めやがって…」
これは私闘になるのか…だとしたら双龍会としては動けない。取り敢えず榊へ連絡を入れて指示を仰ぐことにする。
これが私闘だと判断された場合でも、いくらでもやりようはある。絶対に許さない。
この状況とは、戸叶の兄陽一は身体ごと売られたと推測せざるを得ないと言うこと。
それは勿論その『売られた』が売春やそう言ったものではなく…多分皮膚の隅々まで…。
指は『印 』があると身バレしやすいから切り取られ、わかりやすく『こういうことだから』と言った意味合いで家族に送られてきたのだろう。
なんとか気を取り直して廊下に立ち尽くす戸叶は、見たこともない形相で拳を握っている。
「今からそんなに力を入れるな。絶対に『お前に』やらせるから」
戸叶の両肩を軽く揺さぶって、力を抜かせた。
その時
「あのぉ…」
と玄関で女性の声がした。思わず振り向いた4人は、そこにエプロンをした女性を確認する。
咄嗟に顔を取り繕って、佐伯が皆の前に出て
「はい、どうしました?」
と聞いてみると、その女性は恵が救急車を呼ぶのを手伝った女性だと名乗った。
「午前中に恵さんが、そこの階段の上でうずくまってるのを私が見かけてね、階段上がってきたら出血してるって言うじゃない。自分のスマホで救急車呼んだみたいなんだけど、無事だったの?」
近所の奥さんだろう、この家に人がいるのを見て尋ねてきたらしい
「ええ、ちょっと早かったみたいですけど、帝王切開で無事に出産されたようですよ」
「あら〜よかったわねえ〜〜。心配してたけどそれなら大丈夫ね。でも、最近旦那さんが人相の悪い人とよく話してるの見かけてたから、奥さんも心配しててね。もう産まれたんなら、早くそう言う人とは縁を切ってほしいわよね。貴方方お知り合い?だったらやめさせてあげて」
4人が密かに顔を見合わせた。
「そうなんですか?ここの…というか、ここのご主人はあそこに居る子 の兄貴なんですよ。なんか連絡取れなくて心配してきてみたんですよね。そんな怖い人と話してたんですか?」
「あら、弟さんなのね、お兄さんにはお世話になってるわ。それで怖い人!そうなのよ作業服着てる頭ツルツルの人でね、まあ、見た目で判断してはいけないんだろうけど、私はちょっと怖い人に見えたわよ」
頭ツルツル…尾崎か亀谷か…
「まあ、ここのご主人元々ヤンキーでしたからね。昔の友達でもあるかもしれませんよ。最も今は更生して、皆さんの知るところの洋食屋の店主です。復帰したらまたご贔屓にしてやってください」
相変わらず人の良さそうな顔で微笑み、それにすっかり舞い上がった奥さんは
「あら、そうなのね。それなら安心できるわ、ありがとう。勿論またお店にも来させて貰います。じゃあ恵さんにもよろしくね」
奥さんは軽く手を振って帰って行った。
「やっぱり来てたんすね…」
唸るような声で戸叶が、今の話の中で緩めた拳をまたキツく握りしめる。
「頭ツルツルだけじゃ、尾崎か亀谷か判断はつかないな…後は児島たちの連絡を待つか。じゃあ、そろそろ病院に行こうか」
今回のことは身内に起こった不幸では片付けられないものがあり、組長と本家のナンバー2の前で決めたことを反故 にした罪もかなりのものだ。
しかしいつも思うが、自分たちがいる業界では当たり前のことが身内に起こるとやはり少し置かれた身上を考える時がある。
自分たちはそう言うしのぎはしないが、他から見たら一緒だ。
戸叶の兄陽一に起こった出来事も、この業界ではそんな珍しい事ではなくなっている現実が4人の上にのしかかった。
戸叶は車の中で、病院での恵の状態等を説明しこんなことが起こったのならそれも仕方がないと思わせられた。
車内は沈み込み、戸叶が乗ってきた車で後ろからついてきている佐藤も、ひどい顔で車を走らせている。
姫木は自分が発端で起こったこれをどう受け止めるのか、佐伯はそれも心配ではあった。
「榊さんですか、少し話がありまして…はい、今お時間大丈夫すか。ありがとうございます…」
運転している姫木の後ろで戸叶と並んで座っている佐伯は、今日の出来事を事細かに説明し、今はその病院へ向かっているところだと伝える。
「その戸叶の義理の姉さんに、尾崎と亀谷の画像を見せて首実験してきます。判明したら…と言うか、病院出たら一度そちらに寄らせてもらっても?はい、わかりました、では後ほど」
戸叶はずっと黙ったまま膝の上で拳を握り続け、爪は仕事柄綺麗に切り揃えられているのだろうが、それすら食い込みそうな勢いだ。
「辛抱しろ…まだ『誰か』はわかっちゃいねえ。判ったとしても…ちゃんと、綿密に、今まで通りに…仕留めよう。いいな」
戸叶の震える腕に手を添えてやって、佐伯は前方を睨んだ。
こんな屈辱はない。牧島まで出した話し合いをクソみたいにぶん投げやがった…この方面からも絶対に許せないことであった。
病院へは行ったものの、恵の不安定さは薬が切れると暴れを繰り返すようで、面会は遠慮してほしいと言われてしまった。
犯人探しはなんとかなるだろうが、自分たちが全て理解したから安心して任せてほしい、と言うことは伝えたい。
看護師に少しだけ伝えたいことがあることを話し、1人だけ5分ほどなら、と言ってもらい面識のある戸叶が行くことになった。
「じゃあ、行ってきます。きちんと伝えてきますし、安定しているようなら写真見せてみますね」
と言って病室へと向かっていった。
さっき恵と会った時とは人相が少し違うかもしれないが、戸叶は極力普段の顔で病室へ入っていった。
残った3人は病棟の待合場で待つ事にする。
その時に児島から連絡が入った。
「おう、どうだった」
『尾崎組長と兎月さんは一緒に行動しているんですが、今日歌舞伎町の裏手にある雑居ビルに2人で行きました。例のあの、俺らもあまり怖くて行かないあのビルなんですが、何の用かまではわからなかったっす、すいません。今は食事に行ってます。で、亀谷と言うやつですが、上村に聞いたらなんだかやたら羽振がいい感じで、さっき飯食ってる鰻屋で話聞いてたら、連れてた舎弟3人に『金が自由になったから今夜はキャバに連れてってやる、好きなもの飲め!』なんて豪語してたらしいっす。あれは今、懐あったかいっすね』
亀谷に決まりか…佐伯はそう確信したが今は戸叶にそれは言わない事にする。
今の戸叶は自制が効いてないから、亀谷だと判ったら単身で乗り込みかねない。
「解ったありがとな、引き続き夜の動向も探ってくれ」
『了解です』
「なんだって?」
姫木の隣に座ると、姫木も体勢を変えずに聞いてきた。
「ああ、亀谷に確定だな」
姫木が舌を鳴らす。
「豪遊するらしいぞ今夜。引き続き夜も張り付かせた」
それを聞いて姫木はーそうかーと小さい声で応えるだけである。
「姫木、お前が気にするなよ?お前のやったことはもう手打ちになってる。それからのことはお前に関係ないからな」
他人の事は本当に気にしないタチの姫木だが、こと身内となると結構感情が熱い。それが解っているから、佐伯も声をかけるが意外とこだわっているようだ。
「そもそも、お前があの時店に行かなくたって結果は店を売って、身包み剥がされる所まで行っただろうし、それか…同じ事をされたとも思う。俺らってそんなじゃん」
タバコが吸えない苛立ちで組んだ足を揺らしながら、佐伯は椅子の背もたれに両腕を広げた。
「因果な商売だけど…結果が同じなら、子供が生まれて家が保ててる今の方がマシってもんだ。そう考えろ」
実際そう考えるしかなかった姫木も、ー気にしてねえよーとまた心情を隠してくる。
「素直じゃねえなぁ」
佐伯は笑って、足を組み替えた。
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