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第9話

「今回は、こっちも気付かなくてすまなかったな戸叶」  本家の牧島組事務所の部屋へ通されて、いつもなら座る佐伯と姫木の後ろに立っている戸叶と佐藤だが、牧島と一緒にテーブルを囲む事を許された。  戸叶は今回の中心人物でもあるからだ。 「いえ…俺も兄貴と連絡取り合ってたくせに、何も気付かなくて…。今はそれが自分で悔しくて仕方ないです」  相変わらず暗い表情で話し方もどこかぼんやりとしている。 「この件は、牧島さんとの決め事を反故にした亀谷に全面非があると言うことで、組として俺らが出てもいいんでしょうか」  ソファに浅く座り直して、佐伯は前のめりに牧島に問う。 「一度手打ちにしたものを掘り起こしたのは亀谷だ。本家からの手打ち案を舐めてると、どう言うことになるか見せてやれ」  事実上の承諾を得た。  佐伯は戸叶に向かい、 「いいな、今まで通りだ。じっくり追い詰めよう。間違ってもお前1人で突っ込んでくんじゃねえぞ。気持ちはわかるが、確実に行こうや」  戸叶は唇をかみしめて、あの禿頭を思い出し今すぐにでも飛び出してくびり殺したい衝動をどうにか抑え、 「わかりました…」  との一言をやっとの思いで出し、膝の上で未だ握りしめている拳に益々の力を込めて行った。  次ぐ日の朝に児島から直接聞いた情報は、亀谷はその夜はやはり新宿のキャバクラへで舎弟3人を連れて500万もの散財をしたことと、それから嬢を2人ほどアフターで引き連れて、歌舞伎町をハシゴしその後は歌舞伎町のラブホにしけ込んだ。と、言うことだ。 「急に大金掴むと、本性って見えるよな。品のねえ金の使い方だな」  朝イチの児島の知らせを聞いた佐伯は、鼻の上に皺を寄せて挿れてもらったコーヒーを一口啜った。 「今はどうなってる?児島」 「今は上村が、亀谷のマンションを張っています。まだ戻ってはいないようですね」 「戻ればすぐに佐伯さんに連絡が来るはずっす」  と携帯を振ってみせる。  まあ昨夜それだけ飲んだら、朝は遅いか…  牧島のところを辞したあと、姫木と戸叶佐藤を含めた4人で話し合い、タイミングが合い次第追い込むことにした。  それには若手の張り込み調査も重大で、亀谷がどこにいるかを常に把握する必要がある。  スマホが鳴り、みてみると上村だ。 「おう、どうした。亀谷きたか?」 『いえ、尾崎組長と兎月さんが今マンションのエントランスに来てます』 「尾崎と兎月が?」 『はい、でも呼び出しても出ないからか今は外にいます。何か話し込んでますね』  どう言うことなのか。亀谷とグルなのか? 「児島、涌谷が今どこにいるかきいとけ」  電話外でそういって、電話に戻ると 「上村はそのまま亀谷のマンションを張っててくれ」 『わかりました』  児島が 「涌谷は尾崎組長と兎月さんを追って、上村の近くまでいってるみたいすね」 「わかった。ちょっと代われ」  児島からスマホを受け取った佐伯は 「尾崎と兎月がどこかに落ち着いたらまた知らせろ。場所によっては俺が行くから」 『はい、了解です』  スマホを小島へと返す向こうで、姫木が顔を上げていた。 「尾崎達に会うのか?」 「ああ、部下の行動を把握してるのか確かめにな。お前は戸叶といてくれ。佐藤もな。戸叶(あいつ)が暴走しないように」  姫木は目を戸叶へ向け、佐藤はーはいーと一礼をする。  戸叶はあれ以来一度も笑わず、暗い目をしている。それは仕方のない事だと誰もが理解しているからそっとしてはいるが、いつスイッチが入ってもおかしくないこう言う状態の時は、絶対に誰かがそばにいないとだった。  佐伯の命で戸叶は事務所に寝泊まりし、それをフォローしているのも佐藤であり、若い子達である。  順番に寝ずに戸叶を見守っていた。  しかし部下を夜通し張り込みに使っている今は、佐伯や姫木も事務所に詰めてはいる。 「敵地みてえなもんだ、1人で平気か」 「涌谷がいんだろ。大体誰にそれ訊いてんだよ」  佐伯は不敵に笑ってタバコを手にした。 「それもそうか」  姫木も笑って雑誌に目を落とす。 「さて、少しは動いてもらわねえとだな。この事態も」  佐伯の希望通り、その日の午後に事態は動いた。  午後1時ちょっと過ぎに、尾崎と兎月が尾崎組の事務所へ戻ったという連絡を涌谷から受け、佐伯は姫木に 「そっちは任せたぞ、くれぐれも慎重にいけ」 「それも誰に言ってる」  その返答に口の端を上げて笑って、佐伯は単身部屋を出て行った。  そして亀谷がマンションに戻ってきたと言う連絡が上村から来たのは、午後2時だった。  平日の昼間に、泥酔状態で戻ってきた亀谷はどこかで飲んできたのだろう。それを訊いた姫木は、 「出るぞ」  と事務所にいた戸叶と佐藤に告げ、奥の部屋へ入り準備を始めた。  姫木と佐伯がー出るーと決めた時に奥へ入るのは、『その準備』の時だ。  戸叶も佐藤も自分たちの準備を始め、児島は車の用意に事務所を走り出て行った。 「泥酔して自宅に居ると言うのが、もう揃ってるからな」  佐藤が戸叶にナイフを渡し、銃も一丁手渡す。 「最終手段に使えよ」 「解ってる」  姫木が竹刀用のケースを肩にかけ、黒い服で出てきた。竹刀のケースには勿論長刀(ながどす) 「行こうか」  戸叶は勢い込んで姫木に続き、佐藤が上村に連絡しながら後を追った。 「邪魔するよ」  尾崎組と書かれた世田谷某所のビルの2階。  そのドアをノックもせずに佐伯は入って行った。  中にいた舎弟たちが、佐伯を取り囲み 「なんだお前、いきなり入ってくるってここがどこだかわかってんのか」  1人の男が威嚇してくる。が、それを尾崎が 「いいよ、通してやれ」  と、奥の部屋から出てきて舎弟たちを止めた。 「来ると思ってたよ、まあ座れ」  目の前の応接セットに促され、佐伯は舎弟たち全員に視線を回してから近場のソファに腰掛けた。 「お構いなんていらないんで単刀直入にききますが、亀谷のやってることは尾崎さんたちはわかってんですかね」  鈍器になるような灰皿を引き寄せて、佐伯はタバコを取り出す。  後ろからついてきていた涌井が火を差し出し、それで火をつけると1度吸って吐いた。 「お前がここにきたってことは、亀谷のことはもう?」 「まあおおむね掴ませてもらってます」  尾崎は佐伯の後ろにいるのが戸叶でも佐藤でもないことには気づいていて、その2人がいない、というか今回の件の関係者戸叶がいないことで、大体のことは察していた。 「亀谷の事は、俺らも手打ちの日からずっと見張ってたんだ。あいつがあの店に出入りしてたことも、あの店主を連れ出したことも全て把握済みだ」 「へえ…それでいて手をこまねいて見ていたと…」  佐伯はもう一度大きく吸い、大きく吐き出した。 「いや、やることはちゃんとやったぜ」  と佐伯を見返して、自分が出てきたドアに向かって兎月を呼んだ。  佐伯は(いぶか)しくそのドアを見つめて、中から兎月と共に出てきた人物を見てタバコを落としそうになる。 「陽一さん…?」  陽一は申し訳なさそうに笑って小さく手を振った。 「あんたなんで…」  何を言ったらいいかわからない佐伯の前で、尾崎が言う。 「ギリギリだったんだぜ。俺らが行った日の夜にはこいつ腑分けされるところだった」  兎月(とげつ)が陽一の背中を押して佐伯の隣に座るよう促すと、兎月も尾崎とは違う小さめのソファへと座った。 「腑分け予定の(その)日の昼に亀谷見つけてな…」  兎月もタバコを出して咥える。 「問い詰めたんだ。何やらかしたか全部吐けってな。んでその足ですぐに『診療所』向かったよ。名前は言えねえけど、仲介役に話つけてもらって引き取ってきた。代わりは亀谷になったけどな」  苦々しい顔で、舎弟が出した火でつけたタバコの煙を吐き出した。(診療所とは、腑分けの場所の隠語。この話の中だけです) 「兎月はな、亀谷を随分と可愛がっていたんだ。あんなバカでもこいつについてまわって、この世界の色々を覚えて行ったんだがな…」  兎月にしてもこれはキツい出来事だったのだろう。  自分の教えが浸透しなかったとかそう言うことではなく、相棒とまで思いかけてたやつが自業自得で自爆すると言う事実がそもそも受け入れ難いだろう。 ーそうなんすねーと、その辺は佐伯はドライに対処したが、代わりに亀谷と聞いてハッとする。 「あ〜、じゃあこっちのを早く止めねえと、亀谷が代わりのボディにならなくなっちまうかも…」  尾崎と兎月もそこに気づき 「もうそう言うことになってるわけか」 「本家からGOが出たんでね」  本家から…と聞いたら、2人はもう何も言えない。 「お前たちほんとに仕事早いんだな」 「それが売りなんで」  そう笑って立ち上がり、 「『仕事』中は携帯も切ってるんですんませんね。涌谷、現場は?」  涌谷がすぐに児島に連絡を入れたところ、亀谷のマンションだという。 「俺たちさっき行ったばかりなのになぁ」  何分、何時間の差だったかは知らないが…と兎月が呟き、今頃痛い目に遭っているだろう亀谷に同情した。  間に合ってれば痛い目を見ずにいられたのにな…と

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