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第11話

 そんな兄弟を見て 「戸叶…不安にさせたなうちのバカが」  兎月(とげつ)が床にへたり込んで抱き合っている戸叶兄弟2人の肩を叩いて、謝罪を入れた。  そして姫木に向かい、 「俺らも、あの時の話し合いで亀谷が納得していないのは解ってたんだ。だからうちでもあいつを張っててな…」 『おさんぽ亭』へ通っていたことも、うまく誘い出して臓器売買の組織へ渡りをつけたことも全部吐かせていたということを姫木へも伝えた。 「あいつ前払いで受け取ったらしく、向こうもボディを調べ身元がわかる痕があった指を切り落として返してきたらしい。それを送ったのも亀谷だ」  聞くだけでムカついてくる。 「二千万ほどの金が出たらしいんだが、俺らがそこに出向いて話をつけてきた。売るのは亀谷(こいつ)になったってことで今からそのバカを持っていかなきゃなんだが」  陽一より年齢が10も高い亀谷では値段が下がるらしく、返金のため亀谷が残した金も徴収しなきゃならないというが 「あいつ生きてるんか?」  そこが心配になって、兎月はひょいと部屋を覗いてゾッとした。 「切り散らかしかよ…」  気分の悪そうな顔になって、兎月は口元を抑える。 「生きてはいるみたいっすよ。頑張った方じゃねえすかね。戸叶なんかブチギレてたから、よく殺さなかったなと。まあギリでしたけど。しかしまあ、俺らでもここまでしませんわ〜」  白々しく佐伯が言うのに、佐藤は 「まあ、確かにもう少しやり口はスマートっすね」  と苦笑した。 「まあ、売り物の中身が無事で何よりだわ…しかしな…ちょっと手伝ってくんねえかな…」  顔は原型留めてないし、足はバキバキだし、手の指はない。  右手なんぞは手首からプラプラだし、いくらこんな家業やっていても、あまり見かけない光景だ。  尾崎も気分悪そうにしながらも、一応組長としての威厳を保ちつつ、そういってブルーシート用意してくるわ…と部屋を出ていった。  その背中に、 「大きめなスーツケースあったらそれも用意すれば、簡単に運び出せます。あ、あと吸水シートも」  と佐藤が色々アドバイスし、尾崎は嫌な顔を見せないように背中を向けながら片手を上げる。いや…でも入るかなこの人でかいし…とボソッと呟いたのは、尾崎には聞こえなかった。  対象物移動は、明らかに戸叶と佐藤が慣れているのだ。  戸叶兄弟はそのやり取りを壁に寄りかかって見ながらも 「陽兄…おっかない思いさせて本当に悪かったな。俺のせいで…」 「お前のせいじゃないだろ。俺はそこの佐伯さんに、元来てた奴らの誰かが来たら連絡しろって言われてたのをしなかったからこうなった。誰のせいでもねえよ俺のせいだから」  寄りかかったまま顔も見ずに会話している2人を見ながら、佐伯はリビングに入って亀谷の様子を眺めに行った。 「随分とやられたな亀谷。気分はどうだ」  出せば良いものの、未だ口の中に耳と指を突っ込ませたまま、亀谷は白目まで赤くなった目をどうにか頭の脇にしゃがみ込んだ佐伯に向ける。 「まあ良いわけねえか。今日は初めて仕事させたんでちょっと荒っぽかったかもな。まあお前の行いも悪かったし、兄貴の仇じゃあ仕方ねえよな。それになぁ?組のメンツ潰した代償はでかいんだよ。尾崎サンだって、自分の組を守らないとなんだし…お前1人で済むならそりゃあ差し出すだろ」  ニヤニヤ笑って佐伯はタバコに火をつけた。  そばで姫木も立って聞いていたが、今回姫木は出番がなくやや消化不良気味で、いつもの高揚感は少なめだ。  本当は戸叶が頭をぶっ飛ばした後、自分の胸糞な気分を晴らすために左腕でも切り落とそうかなとか考えていたのだが、それも出来なくなりやや不満が残っている。  それでもこんだけ血が流れたら、目にも焼き付くだろう。  そんな姫木を眺め、佐伯は亀谷に 「お前ほんと色々と中途半端だよな」  そう言って顔に煙を吹きかけ、タバコを血が乾いていそうなところに押し当てた。  その後は、戻ってきた尾崎や兎月を佐藤が手伝いながら亀谷をシートに包む事になったが、このままだとスーツケースに入らねえな…と言うことで肩の関節を外し、股関節もぐにゃぐにゃに砕いてシートに巻いてゆく。  その様を見ながら尾崎は 「お前らって、いつもこんなことしてんのか…」  少し青ざめた顔で佐藤に問うが、 「いつもはもう死んでるんでもっと雑っすよ。生きてても後から体使うなんてこと考えなくていいことばかりなんで、今日は気を遣ってます」 「そうか…」  側で見ていた兎月などは、もう吐きそう一歩手前で踏ん張っていて喋るとやばいからか黙って作業を見守っている。  なんだかんだ細工を凝らし、大ぶりのスーツケースに亀谷を押し込む事に成功すると、尾崎と兎月は、ーじゃあなーと業者へと向かって行った。  帰り際、佐伯が陽一の家に届けられた700万をあとで届けると言ったら、尾崎は 「手打ちが反故になったんだからそれはお前らが出した金だと思って受け取っといてくれ」  そう言って、出て行った。  所謂『お片づけ』は陽一には見えないところで行われていたが、一般人が嗅いだこともない匂いはやはり強烈かもと思っていた佐伯は、2人を玄関の上がりがまちに座ってもらっている。  陽一は弟の戸叶(和也)に、恵が送られてきた陽一の指を見て、ショックで切迫早産になり帝王切開で子供を産んだと聞かされた。 「子供は女の子で、小さく生まれたから『ほいくき』ってのに入って病院で面倒見てくれてるよ」  とも聞かされ、子供にも恵にも本当に悪いことをしたと唇を噛み締める。 「俺、亀谷(あいつ)に『弟に世話になるのはかっこ悪い』みたいなこと言われてさ、金なら入るからそれで返したらいいって言われて…ついて行っちまったんだよ。恵にも子供にも申し訳ない…」  悔しそうにそう呟く兄を見て、戸叶は 「俺が言うのもなんだけどさ…こんな稼業の奴らの言葉は、真に受けちゃダメだぜ」  自重気味に戸叶が笑い、陽一はーそうだよな…そうなんだよな普通はーと神妙になった。 「ほんとバカだったよな…そんな当たり前のこと全く気づかなくなってた」 「そういう風に持ってかれたんだから仕方ねえよ。この世界、金の為ならなんだってするやつばかりだから」  そう言われて、陽一は自分が亀谷と楽しく過ごしてしまった時間がバカのように思えて、この感情は一生消えねえな…と、心に刻む事にした。 「恵に会わす顔ねえわ…」 「そんなこと言っちゃダメだぞ。兄貴のために精神的に辛い中無事に子供産んだんだ。ちゃんと礼を言って、これから幸せにしてやれよ」 「泣き虫和也が…大人みたいな事言ってるわ」  12も離れた弟が立派になったのも嬉しい。 「年齢差考えろよ」  昔に言われたことを蒸し返され、照れるやら恥ずかしいやらで、戸叶は立ち上がり、 「ほら、病院いくぞ。行って元気な姿みせてやれよ」  と、陽一の腕を引っ張った。 「おう、そうしよう。早く安心させてやりたいしな」  玄関で2人立ち上がり、戸叶だけリビングルームへ挨拶にゆく。あの部屋は絶対に陽一には見せられないから。 「佐伯さん、俺ら病院行ってきます」 「おう、それがいいな」  戸叶に続き3人が部屋からでて玄関で見送る。 「そいや、陽一さんは指の方は大丈夫なんすか?」  包帯が綺麗に巻かれた右手を佐伯が見ると、陽一は 「なんか解らないけど、随分丁寧に処置されて今痛くもなんともないんすよ」  などといい右手を振って見せた。  その場の誰もが『商品の扱いは丁寧なんだ』 と思ったが、口には出さず 「なら良かった。じゃあ、気をつけて行ってください」  戸叶は佐藤に向き合い 「手伝えなくて悪いな」  というが、佐藤は 「いいよ、佐伯さんたちもいるし」  と早く行けの手をして送り出す。  佐伯と姫木は、え?俺らもやんの?みたいな顔で見てくるが 「え…」  と言う逆に驚いた顔で佐藤が見返すと 「うそうそ、手伝うって〜〜」  などと佐伯が笑ってくれて、佐藤も勘弁してくださいよ〜と苦笑した。  リビングに戻り、部屋を見渡し 「血だけはなんとかしないとだもんな…部屋は尾崎たちに任せるにしてもラグだけは片付けるしかないのか。佐藤、ブルーシートと黒いゴミ袋買ってくるか」 「そっすね。ラグでかいから多めに要るかもですし。まあ、入り用なもの揃えてきます」  「頼むな」  と、財布を出す佐伯は、少し頬が紅潮気味な姫木をみて 「できるだけ遠くのホムセン行ってこいな」  と一万円を手渡して、送り出す。  元々張っていた涌谷と上村はここまで連れてきてくれた児島と共に、佐伯がここにきた時点で帰していたので、本当に手伝わなければならなかった。  その前に少し姫木を落ち着けないとな…と言う魂胆が佐伯にはあったのだ。  その魂胆は見え見えではあったが、佐藤も弁えたもので 「チョコもついでに買ってきます」  そう言って部屋を出て行った。  部屋に残った佐伯と姫木は、今回お互い血には塗れていない。 「よう、少しはあがってんのか?」  姫木に近寄って、顎を掴んで顔を見てやる。 「ん〜自分でやったようにはいかねえか…でもお前、ちょっとだけいい顔になってるぞ。他のやつに見せんなよ」  そう言って噛み付くようなキスをした。

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