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出会い
「僕は高槻冬馬 と言います。歳は29歳」
千景が隣に座ると、男は簡単に自己紹介をして、千景を待つ間にほとんど飲んでしまっていた生ビールの残りをぐいっと飲み干した。仮面で自分の顔を隠して楽しむこの店で、自己紹介をする客は珍しい。男は追加でもう一杯、次はウイスキーの水割りを注文する。お酒は好きらしい。
初来店で千景を個室指名してきた冬馬という男は、少し長めの癖毛を後ろで小さく一つ結びにしていた。栗毛馬の仮面に一つ結びだと馬の尻尾みたいだなぁと千景はふと考えて、笑いそうになるのをこらえながら、こっそり隣に座っている冬馬を盗み見る。
冬馬は、シンプルな半袖のTシャツを着ていて、適度な筋肉と綺麗に締まった体形をしている。隣に座っている千景は、冬馬と自分の太ももを見比べて、自分の2倍くらいの太さはあるんじゃないかとこっそり考えていた。背も高く、座っていても少し見上げる必要があって、全体的に千景より一回り大きく感じる。
誠が運んできたウイスキーの水割りのグラスをしばらく見つめていた冬馬は、ふっと顔を千景に向けて口を開いた。
「ここで働いてもう長いの?」
どの客からもよく聞かれる質問だ。
「いえ、働き始めたのはハタチの誕生日を迎えてからなので、まだ2か月くらいです」
「ハタチなんだね。もう少し上かと思っていたよ。大人びてるって言われない?」
「……言われますね。僕、そんなに老けてる感じがしますか?」
「そんなことないよ!落ち着いてるし、しっかりしてそうだから。気に障ったならごめん。お酒、一緒に飲んでも大丈夫なんだっけ?良かったらどう?奢るよ」
冬馬は慌ててフォローを入れる。奢りはお詫びのつもりだろうか。客と一緒にお酒を飲むことは普段からよくあるので、遠慮なく頂くことにする。
他のスタッフが心配して時々個室をのぞきに来たが、千景が(大丈夫ですよ)と頷きながら目くばせをすると、皆ほっとした顔をして下がっていった。
「ゲイバーって初めて入ったよ。緊張した」
冬馬が時々、個室入り口のカーテンをちらちら見ているような気がするのは、緊張して落ち着かないからだろうか。そう言えば、指名をしてきたわりに口数も少ない。
「そうなんですね。慣れてるのかと思ってました」
「え?慣れてるように見えるかな?」
ウイスキーのグラスを口につけようとしていた冬馬の動きが固まった。
「いえ、そういうわけではないんですけど、初めてなのに個室で指名されたから」
「……なるほど」
冬馬はばつが悪そうに黙り込み、千景を見つめた。確かに冬馬は、こういう店で遊び慣れているとは思えない。その冬馬の雰囲気のおかげで千景は安心して隣でお酒を飲めているのだが、やはり一番疑問に思っていたことを聞かずにはいられなかった。
「どうして僕を指名してくれたんですか?」
「マスターに何か聞いた?」
「僕を見かけて気になったからっていうことだけです」
「……そうだよ。こんなこと突然言われたら、怪しまれても仕方ないよね」
「え?怪しんでるの分かりましたか?」
「……はははっ。チカちゃんは正直だね」
冬馬は大口を開けて楽しそうに笑う。ウイスキーがまわってきたのかもしれない。
「このお店の入り口で見かけた子がすごく綺麗だったから気になったんだよ。制服を着てたからお店に行ったら会えるかもと思って。個室でゆっくり話をしてみたかっただけ。不安にさせてごめんね。あ、変なことをする気はないから安心して!」
その後お酒で緊張が解けたのか、少し饒舌になった冬馬は、自分が通っているジムの話と筋肉の育て方についてひたすら熱く語り、満足げに帰っていった。
(結局、どうして僕を指名したのか、大事なところをはぐらかされた気がするんだよな……)
千景は冬馬との会話を思い返しながら苦笑した。
(まぁいいか。嫌なことされたわけでもないし――)
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