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マスカレードにて④
「……チカちゃん」
ダンスステージの外から小声で呼ぶ声に、千景はハッと現実に引き戻される。冬馬の動きが止まった。今夜はいちだんと派手な仮面を着けたマスターが千景を呼んでいた。
「冬馬さん、ごめんなさい」
小声で謝り、千景はマスターのもとへ歩み寄る。
「どうかしましたか?」
「チカちゃん、ダンスの最中にごめんなさいね。実は、今から少しの間だけでいいんだけど、受付に入ってほしくて。今、受付に入れそうな人が他にいないの。高槻さんには私から謝っておくわ」
「わかりました。僕からも話しておきます」
「ありがとう。本当にごめんなさい」
冬馬に事情を説明すると、千景が受付をしている間、バーカウンターで飲んで待つと言うので、
「今夜の高槻さんのお代はタダにしますね」
と、マスターは冬馬に言い残して忙しそうに去って行った。
「冬馬さん、ごめんなさい。少しの間いってきます」
「頑張ってね。待ってるから」
受付を交替して10分ほどたった頃、3人連れの来店があった。その中の1人は千景も話をしたことがある常連客だったが、あとの2人は初めてで、常連客に連れてこられたようだ。
新規の客向けへのプリントを見ながら簡単に店のルールを説明した後、3人に仮面を選んでもらおうと千景が顔を上げ客の顔をしっかりと見た瞬間、急に激しい動悸がして血の気が引いた。思い出したくなかった過去がフラッシュバックして冷や汗と吐き気が襲う。千景はそのままその場で倒れてしまった。
「チカちゃん、チカちゃん!」
名前を呼ばれる声で千景は目が覚めた。
「チカちゃん、良かった……」
仮面を外したマスターは泣きそうな顔で千景を見つめる。マスターの隣には青ざめた顔の誠がいる。
「千景、大丈夫?救急車呼ぼうか?」
「……もう大丈夫。すみません」
「歩ける?少し休んだらもう帰ったほうがいいわね。一人で帰れるかしら」
マスターが千景の体をゆっくりと起こしながら心配そうに言う。
「はい、帰れます……」
ぼんやりとしたまま千景は返事をする。
「僕が送っていきます。千景の家と近いんです」
誠が言い、千景を家まで送り届けることになった。
その時、そばにやってきた冬馬が千景の手をぎゅっと握る。ついさっきまで確かに感じていた冬馬の手のぬくもりを、千景は感じることができなかった。
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