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「マスカレード」を知った日

 千景が大学3年に進級した4月、図書館からの帰り道、久しぶりに新宿を一人で歩いていた。  コンビニバイトまで時間があったので、いつもと違う道を歩いていたら、大通りから地下へ下りる階段の手前に、小さな立て看板が置いてあった。立て看板には、店名「マスカレード」と、黒い仮面の絵が書いてある。  その仮面は、シンプルだがとてもオシャレで、しばらくの間立ち止まり見入っていると、地下の階段の途中にスタッフ募集のビラが貼ってあることに気付いた。見てみると、どうやらこの「マスカレード」という店は、ゲイバーらしい。スタッフも客も仮面をつけて非日常を楽しむというのがコンセプトであることもわかった。    中学時代、自分の恋愛対象が同性だと自覚してから、周りに知られないようひたすら隠してきたので、ゲイバーなど行ったことはないし、最近見かけるゲイ同士のマッチングアプリなども使ったことはない。しかし、どれだけ隠していても、胸中に自然と湧き起こる性への興味が無くなることはなかった。  千景の欲望がほんの少し表に顔を出した。   (仮面を着けて接客するのか……顔を見られなくていいな。非日常を楽しむっていうのも気になる……)    胸の高鳴りを感じた。    がんで療養中の母の看病と勉強とコンビニバイトで千景の毎日は慌ただしく過ぎていくが、現実が辛いわけではなかった。しかしその一方で、自分の中で、満たされない何かが燻り続けていることにも気付いていた。    時給はコンビニバイトよりはるかに良い。時給が高い分、時間に余裕ができるかもしれない。それだけ母のそばにいてあげられる。そういう思いもあった。    千景は、そのまま地下への階段を下りた。  それからすぐにコンビニバイトを辞めて「マスカレード」で働き始め、6月、冬馬と出会ったのである。

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