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母の余命

 仮面舞踏会イベントの日に倒れた千景は、翌日も休むことなく「マスカレード」へ出勤した。皆に迷惑をかけてしまったことを謝りたかったし、土曜だったので冬馬が来店するかもしれないという思いもあった。  しかしその日、千景の思いに反して冬馬は店を訪れず、結局それ以降8月は一度も来店しなかった。 ◇◇◇  まだまだ残暑が厳しい9月、台所に立っていた母は突然意識消失し、幸いその時自宅にいた千景が救急車を呼び、そのまま入院することになった。母は、重度の貧血だった。    病室で、寝ている母の荷物を片付けていると、ドアをノックする音が聞こえた。ドアを開けると、母の主治医が立っていた。 「小嶋さんの息子さんですか?」 「はい。今日はどうもありがとうございました」 「大変でしたね。息子さんが家にいたのが幸いでしたよ」 「はい」 「……息子さんにお話しておきたいことがあります。別室に来ていただけますか?」    主治医の顔が曇る。何かを察した千景は体が強張った。 「……わかりました」    主治医からの話では、母の余命はあと一か月とのことだった。  母のがんは発覚した段階で既に転移があり、できる限りの対処はしてきたが、もう母の体が限界に近いと。  みるみるうちにやせ細っていく母を見ていて、いつ何があるかわからないと覚悟はしていたが、思っていた以上の早い経過に、千景は血の気が引き、眩暈がした。    主治医の話が終わり病室へ戻ろうと思ったが、母の顔を見たら泣いてしまいそうだったので、いつもの長椅子で少し心を落ち着けてから戻ることにした。    千景は、母の入院中や外来に付き添いで来た日には、リハビリ室前の長椅子に座ることが多かった。    長椅子の前を通るのはリハビリに来た患者とスタッフくらいで、ガヤガヤとした外来や病棟のピリピリ感とは違う、病院内にしては静かで穏やかな空気が流れていた。長椅子の眼前に広がる、四季折々の植物が丁寧に手入れされた中庭は、千景を癒してくれた。  心を落ち着けてから病室に戻ると、母は目を覚ましていた。 「千景、心配かけてごめんね」 「ほんとに!心配したよ、母さん」    悟られないよう、明るく返事をする。 「入院中にしっかりご飯も食べて、元気になってね」 「……うん、わかった」    母の笑顔は弱弱しい。 「僕はそろそろ帰るね。また明日来るよ」 「千景、ありがとう」    母の目から涙がこぼれていた。千景は、奥歯を噛み締めて病室を後にした。

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