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千景の決意
12月の仮面舞踏会が終わった帰り際、千景はマスターに「マスカレード」をやめることを伝えた。長い長い沈黙が続いた後、千景を抱き寄せて、静かにマスターが口を開いた。
「いつでも遊びに来てね。戻ってくるのももちろん大歓迎よ」
マスターの顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。
大学4年が近付き、卒業研究や就職活動の話題が周囲で多く聞かれるようになった。母の看病もあっておろそかになりがちだった、看護師になるための勉強にこれからは専念したい。立派な看護師になって、天国にいる両親を安心させてあげたい。
千景の思いは強かった。
冬馬を傷つけることになるだろうとわかっていた。これが正しい選択だという自信はなかったが、今の千景にはこうすることしかできなかった。
(冬馬さん、ごめん……。でも、きっとまた会えるって信じて頑張るよ)
千景は、冬馬に告げることなく「マスカレード」をやめた。
千景と思いが通じ合って以来、年末年始は慌ただしく過ぎ、冬馬はしばらく店に顔を出せずにいた。
(千景くん、今頃、何をしてるのかな)
仮面舞踏会の日、乱れた千景はとても綺麗で、きらきらと輝く額の汗、感じている時に漏れる随分と甘くて切ない吐息、目にうっすら浮かんだ涙、蒸気してピンク色になった肌が、すぐ脳裏に浮かんでくる。
一刻も早く千景に会いたい。もう一度しっかりと抱き締めて、千景のことが大好きだと伝えたい。
そう願っていたのに、年が明けて「マスカレード」に冬馬が顔を出した時には、千景は店をやめていた。
「ーーえ……チカちゃん、お店、やめたんですか?」
冬馬は頭が真っ白になった。マスターが申し訳なさそうな顔で事情を説明する。
「ごめんなさい。チカちゃん、いろいろと悩んだ上での結論だと思うの。12月の仮面舞踏会の日が最後だったのよ。私もあの日にやめることを伝えられて」
「そんな……」
(あの時、千景くんは店をやめる素振りも見せなかった。もう決めていたのかな。こんなことなら、連絡先を聞いておくべきだった……)
冬馬は混乱し一瞬そう思ったが、連絡先を聞いてもきっと千景は教えてくれなかっただろうと思い直した。寂しさが募る。
(千景くんは、これからも一人で頑張っていくつもりなのかな……)
冬馬は、千景が「マスカレード」をやめてから、店に行くことはなかった。
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