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偏愛Ⅱ《竜side》1
ハルカさんと一緒に住んで数日が経った。
朝起きるとベッドには俺ひとりで、見渡してもハルカさんがいない。
「おはようございます、ハルカさん。またソファーで寝てるんですね」
「あぁ…おはよう竜」
いつもメトロノーム代わりにハルカさんの心臓の音で寝かせてもらってるからベッドで寝るずなのに、わざわざソファーに移動してるのかな?
それより俺、こんなに眠れるようになったんだ…
今までは早く寝ても眠りが浅くて何度も起きたり、眠れなくて朝方になっていたり。
夢に父が出てくるのが怖くて、無意識に眠らないようになった俺の不安定な体。
ハルカさんのメトロノームで安眠できて、ハルカさんの気配がなくても残り香だけで安心出来てる自分がいる。
すごいな、ハルカさん…商品化したら欲しいななんて思いながら朝がかなり弱いハルカさんのために、淹れ方を教わったコーヒーを用意した。
「コーヒー淹れてみました」
「おぉ。サンキュ」
そしてハルカさんは慣れた手つきでトーストを焼き、ハムと目玉焼きを乗せて朝食を作る。
家事が皆無な俺からするとまるで魔法のようだ。
「すごいハルカさん。美味しいです」
「ははっ。もっと敬ってくれていいぞ」
朝食を終えてしばらくすると、MAR RE TORREのギターの陽さんが来た。
「陽さん、こんにちは」
「帝真、俺のギター貸してやる。これなら歌わなくても済むだろ?」
「ありがとうございます」
俺は、ひー兄が亡くなってから歌えなくなってしまった。
今までひー兄のために歌っていたから、自分の歌声を好きだと言ってくれた最愛の人がいなくなったら何のために歌っていいか分からなくなった。
歌おうとしても、声が出ない。
俺の声は、ひー兄のためのものだったから。
ひー兄を思い出すと歌うことが出来なかった。
しばらく休んでいいよ、とメンバーも社長も言ってくれた。
俺はギターの弾き方をネットで見ながらコードを勉強した。
そして夕方になり、今日から陽さんの妹でMAR RE TORREのヴォーカルの宝さんが学校が終わってから合流した。
「キャアアアアア!えぇぇぇぇ!JEESの帝真竜じゃなぁい!どうしてこんなとこにいるのぉ?かっわいい☆ってか、かわちいぃぃ♡」
と、MAR RE TORREのサポートメンバーであるヴァイアさんも一緒に。
「なぁんで黙ってるのよぉ竜ちゃんがいることぉ!陽もハルカもぉ!」
慣れているかのようにハルカさんも陽さんも無視して音楽を作り続けている。
実際に話したことは無いけど、めちゃくちゃテンション高い。圧倒される。
「《…どうしてJEESの―……ハルカの家…?私は今日―……?私は……とても好きよ》」
宝さんが冷静に英語で俺に問いかける。
あぁ、俺英語あんまり分かんないんだよな…
何て言ってるんだろ?
そしてハルカさんが宝さんに英語で答える。
「《俺が―…。今は竜は―……。ごめんな》」
そうだ、ハルカさん帰国子女なんだよね。
哀沢先生も英会話凄い出来るし尊敬する。
「歌え…ない…?」
宝さんは座り込み、俺の顔を覗いてゆっくりな日本語で話しかけた。
「え、あぁ、うん…俺の歌声を好きだって言ってくれた兄が亡くなったから…歌おうとすると声が出なくて…」
それを聞いて彼女は俺の頭を撫でながら言った。
「私……あなたの……歌声……すき」
「ありがとう」
そんな俺たちの姿をヴァイアさんは一眼レフカメラで写真に収めていた。
「きゃあんん♡なにこの二人妖精?かわちぃぃぃ♪即、現像確定案件☆」
「宝、このフレーズ歌ってみて」
陽さんは冷静に宝さんに譜面を渡し、宝さんは頷いて指示通りに歌う。
パワフルだけど繊細で、でも優しくて、とても心地の良い歌声だ―…
「竜ちゃん暇でしょぉ☆?ワタシがギターを教えてあげるわん♪」
「あ、ありがとうございます」
そして曲作りには参加しないヴァイアさんは、数日間ずっと俺に付きっきりでギターを教えてくれた。
「じゃあ、まったねぇん竜ちゃん♪ハルカ、竜ちゃんに手ぇ出したら天誅よぉん?キャン玉、使い物にならないぐらい食べちゃうからねぇん♡バイバーイ!」
「楽しい人ですね」
「まぁあの父親じゃ、宝が日本語話せない理由も分かるわな」
そういえば、宝さんと話したことって無かったな。
MAR RE TORREの中でも陽さんと宝さんはほぼ話さなくて、その代わりハルカさんがたくさん話しているイメージ。
「宝さんの素顔、初めて見たかも」
「あぁ。基本的に顔隠してるからな」
宝さんはテレビでは両目を眼帯で隠して歌っている。
生放送の場合は片目だけ、眼帯を取った姿を見たのは今日が始めて。
彼女の素顔は純粋無垢でとても可愛らしかった。
「俺も英語覚えよう…」
「んー、その前にギター覚えろ」
「ギター教えてくださいよハルカさん」
「ベーシストはギター出来ねんだよ。ギターをマスターしたら俺が英語教えてやるから」
ギターをマスター、か。
そういえば、幼少期にアメリカ旅行で同じ年ぐらいの女の子が歌ってたあの歌。
2週間だけホテルのビーチサイドで毎日歌ってた彼女の歌声。
あの曲…もう一度聴きたいな。
あの曲を覚えてる限り弾いてみよう。
そう思った俺は、寝る食べる以外の時間を毎日ギターに注ぎ込んだ。
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