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偏愛Ⅲ≪竜side≫8

「おかえり竜。メシ出来てるぞ」 「あ…ありがとう」 俺が仕事から帰ってくると、風呂あがりのハルカさんがいた。 なんか話しなきゃ… 「今日は住谷さん来てないんですね」 「さっきまでいた。追い出したけど」 ズキン、て 心臓の奥が痛むのが分かった。 なに、この気持ち―… 住谷さんを抱いたの? だから風呂あがりなの? だから俺を抱くの辞めたの? だから満たされてるの? 俺は、いらない? 「竜?」 立ったままの俺の顔をハルカさんは覗きこんだ。 この風呂あがりの石鹸の香りも、この瞳も、今まで俺だけを見てたのに。 俺は、もういらないの…? その瞬間、ハルカさんのスマホが鳴った。 着信の相手を見て、ハルカさんが舌打ちをする。 「出ないの?」 「真理奈からだから、あとでかけ直す」 俺といるのに、住谷さんの名前呼ばないて。 俺が、いるのに―… 「住谷さんがハルカさんのこと好きって知ってて、それで抱いてたなんてさ…どうかと思う」 俺の発言に、ハルカさんは少し驚いて冷静に返す。 「昔の話だろ。まだ真理奈が俺のこと好きなら抱いてねぇよ。彼氏がいない時限定のセフレで、それ以上でも以下でもない」 何も知らないくせに。 住谷さんがまだハルカさんのこと好きなの気付いてないだけで、住谷さんはずっとハルカさんのこと好きなのに。 「抱いたら好きになるの分かるじゃん…そうやって住谷さんのことも他の女の人みたいに繋ぎ止めてるんでしょ?散々ネットで書かれてるもんね」 止まらない。 何でこんなにハルカさんを責めてしまうのか。 ハルカさんは何も悪くないのに。 「ハルカさん…女遊び激しいんですよね?」 ネットで調べた情報を、本人に言っている自分がいた。 こんなこと言いたいわけじゃないのに。 「は?」 ハルカさんはスマホを置いて、機嫌の悪い顔で俺を見た。 「俺のことは俺に聞けって言ったよな?」 冷静に怒ってる。 自分で過去を調べただけで、どうしてそんなに怒るの? 「最近、お前が俺を避けてたのも知ってる。何がイヤなんだ?」 「別に何も」 ハルカさんの顔が見れない。 「ネットじゃ散々叩かれてるみたいだけどな、俺は女は真理奈しか抱かねぇ」 住谷さんは、ハルカさんの特別なの? 俺を抱かなくなったのは何で? やっぱり女の人が良くなったから? 「じゃあ住谷さんと付き合えば?」 本当に俺を好きなの―…? 「…真理奈がイヤなのか?」 「別にイヤだなんて言ってないじゃん!」 ムキになる俺と、冷静なハルカさん。 「…嫉妬でもしてんのか?」 嫉妬? 俺がハルカさんに? 「嫉妬なんかするわけないじゃん」 ―…この感情は、嫉妬? 「山田先生を抱けないから俺を抱くの?どうせ俺は先生の代わりでしょ?」 「お前…」 「俺だってひー兄がいないからハルカさんのお世話になって、そのお礼としてに抱かれてるだけだから一緒か」 違う、違うよ。 こんなことが言いたいんじゃない。 ハルカさんの1番は俺でしょ?って確かめたいだけなのに。 色んな感情が混ざり合って、素直になれない。 「女の人が原因で歌うこと辞めたんでしょ?そんな人に好きって言われても困る」 違う。 思ってない。 どうして酷い言葉しか言えないの? 「俺にはやっぱり、ひー兄しかいない。ひー兄がいれば今のこの状況だって無かった。ハルカさんにお世話になることも、抱かれることも無かった」 ハルカさんは優しくしてくれてる。 俺を唯一理解してくれてる。 分かってる。 分かってるのに。 「こんなことになるなら…すぐに死ねばよかった…」 それなのに、俺は… 「うざってぇな!いい加減にしろ!死んだやつは還ってこねぇよ!」 俺は、ハルカさんのこと何も知らない―… 「緋禄もがっかりしてるだろうな。お前が未だにそんなこと言ってるなんて、呆れて安心も出来ねぇよ」 「…嫌い―…ハルカさんなんて嫌い。大嫌い」 悔しくて悲しくて涙が出た。 ひー兄のこと言われたからじゃない。 ハルカさんのこと、傷つけた自分が最低で、悔しい。 嫌われたくないのに、強がってハルカさんを傷つけた。 ねぇ、 ハルカさんの1番で居させて、 俺を必要として、 お願いだから、誰のものにもならないで―… 涙が止まらない。 「そうかよ…お前の言いたいことは分かった」 俺は、嫉妬してたんだ。 それなのにハルカさんを傷つけた。 どうしようもなく、不器用で自分が嫌になる。 「出てくわ」 「ハルカさ…」 ハルカさんは、スマホと財布だけを持って家を出て行った。 静かな部屋で、時計の秒針の音だけが響き渡る。 嫌いになったかな…当然だよね。 「最低だ、俺・・・」 再び涙がこぼれおちる。 謝りたいのに、 ごめんなさいと言いたいのに、もう居ない。 「ごめんなさい…」 ハルカさん、俺…ハルカさんのこと―… それから数日が過ぎても、ハルカさんがこのマンションに戻ることはなかった。 【to be continued】

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