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拝啓、君へ《竜side》2
静まり返る告別式。
お坊さんのお経を聴きながら、いや、聴いているとは言えない。
勝手に耳に入ってくるお経を聴き流して俺は一点を見つめる。
見つめたその先に、長い線香とその先から舞い上がる煙。
それらを見ると、俺は無になれた。
「ご遺族様からお焼香を」
そう言われて、棺に入ったひー兄を目の前にお焼香をする。
なぜだろう。
まるで自分が自分ではない感覚に陥る。
ひー兄を見送る儀式をしているのに、俺はただただ無で言われた通りのことをするだけ。
棺に入れた時も、
花を添えた時も、
火葬の時も、
先程まで高温だったであろう火葬された骨を見ても、
それが骸骨の標本のように人の形に並べられていても、
それを骨壺に入れてる時でさえも、
俺は、ただただ無だった。
まるで遠くから他人を見ているような。
自分じゃないって言い聞かせている。
言い聞かせないと狂ってしまうから。
だから、
泣いている参列者を見ても何も感じない。
それに揺さぶられることなく涙も出ない。
何も感じてはいけない。
揺さぶられてはいけない。
それなのに、
「竜」
俺のその感情を解いたのは、たった一人の人。
「ハルカさん」
ハルカさんの前だと俺は素直になれる。
ハルカさんがいないと俺は俺でいられない。
ねぇ、ひー兄
俺はどうしたらいいの?
どうしていなくなってしまったの?
どうして俺は生きてるの?
どうやって俺は生きればいいの?
無になれば楽なのに、
楽なはずなのに現実に戻ってしまう
「竜」
ねぇ、俺も連れてって。
その優しい両手で俺を包んで。
ひー兄。
愛してるよ。
だから逢いたい。
逢いたい。
逢いたい。
逢いたい。
「おはよう、竜」
はっと目覚めると俺は泣いていた。
「おはようハルカさん。…久しぶりにひー兄の夢を見た」
「そっか。今日は緋禄の誕生日だからな。メシ食ったら出掛けるぞ」
「うん」
朝食を済ませてから、着替えてひー兄のお墓参りをしに向かう。
ひー兄が亡くなって、俺たちが結婚してから2年が経った。
世間にはまだ内緒だけど、ひー兄が亡くなってから絶望だった俺は今こんなにも幸せになった。
「竜…これ」
花を供えて、お線香をあげたあとハルカさんが1枚の紙を俺に渡す。
それは手紙のようなもので、よく見ると歌詞が書かれていた。
俺はその字を見て涙が出そうになった。
「これ…ひー兄の…字?」
ハルカさんは頷いて語り始める。
「生前預かってたんだ。竜が緋禄の死を乗り越えた時に、いつかその詩を歌にして欲しいって」
ひー兄が…そんなことを…
「その詩はどうしてもバラードで作りたくてな。俺のキャラじゃねぇんだけど、緋禄と一緒に聴いてくれるか?」
そう言って、作ってきた曲をウォークマンで流し始める。
優しい雰囲気のイントロが始まると、ハルカさんがアカペラでひー兄の歌詞を歌う。
俺は愛しい兄が書いた歌詞を見ながら、愛しい旦那様が二度と歌わないと言ったバラードを聴き入った。
もう涙で歌詞が見れないくらい俺は感動し続けた。
「こんな…の…泣く……ありがとう…ハルカさん。ひー兄も…ありがとう…俺、幸せだよ」
「これが歌えたのは、俺のトラウマを克服してくれた竜のおかげだからな。俺の方こそありがとう」
この優しい風も、ひー兄が俺を撫でてくれているんじゃないかと感じる。
そうだよね、姿は見えなくても傍にいてくれてるよね。
「さ、おじい様方の家に行くぞ」
「うん。おばあちゃん、また張り切ってお昼たくさん作ってそうだよね」
「完食するぜぇ。そのために朝飯軽くした」
「あ!もう一回さっきの曲、おじいちゃん達の前で歌ってあげて!」
「それは恥ずくて無理」
拝復、ひー兄
俺はとっても幸せです。
俺もずっとひー兄を愛してるよ。
来世でまた会おうね。
追伸、
大好き!
哀沢 竜
【拝啓、君へ 竜side END】
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