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7-4 得難きもの

 それは、僧として仏に仕える心光にとって。人を殺めることと等しいほどに、悩ましいことだろう。  仏の道とは一切の欲と悪を消し、悟りの境地へ至ること。憎しみ、恨みはもちろん、肉欲や……人へ向ける愛情もまた、きっとそれを妨げる。  心光は、つまり。それを改めて知って、胸が熱く、ちりりと痛む。  俺と心光の中にある想いが、本当に恋や愛と呼ばれるものなのかは、わからない。お互い自分ではどうしようもないことに追い詰められ、都までの時間を過ごしただけの縁だ。しかし、今の俺にはそれしかないし、心光にとってもまた、今見えているものはそればかりなのだろう。  そっと、心光の額に口付ける。牙や爪で怪我をさせないように、繊細に頬へ触れる。導かれるように顔を上げた心光と、目が合った。  その亜麻色の瞳が、心と同じほどに揺れている。 「……嫌なら、拒んでくれ。お前の過去と同じように、お前を傷付けたくはない」  我ながら酷い問いだとは思う。迷う心光に、欲を持つか否か迫っているのだから。けれど、俺の中の彼を愛おしい、守り、救いたいという気持ちが抑えられない。もしそれが心光を苦しめるなら、俺も耐え諦めなければいけないだろう。  だが、もし心が同じなのならば。  心光はややして、そっと目を閉じる。それが答えなのだろう。俺もまた、ゆっくりと顔を寄せ、その唇に吸い付いた。  柔らかい、優しい口付けを交わす。心光の指が、俺の手に絡みつく。身体を重ねるように手を合わせ、互いの熱を感じ合う。  おずおずと着物の中に手を入れても、心光は拒まない。着物の前をはだけ、その滑らかな素肌へ、この上なく優しく口付ける。小さく吐息を漏らした心光が、震える声で呟いた。 「我が身が清らかであれば、どれほどよかったことか……」  これまでの様々なことに思いをはせているのだろう。俺はわかっていて、「お前は美しくて清らかだ」と、白く柔らかな肌を撫でる。  事実、彼は清廉だろう。どれほどの人に、幾度抱かれたのかは知らない。それでも彼は、この世を、人を憎み恨もうとはしなかった。そうするまいとし続けた。その心こそが美しく清らかで、──どうしようもなく悲しいのだ。 「蘇芳……、っぁ、あ……」  脇腹を撫で、胸に吸い付くと、心光が喉を逸らせて微かな声を漏らす。ちゅ、と吸い上げ、つんと起ちあがった淡い色のそれを舌先で撫でた。  女と違って乳が出るでもないのに、そこは心光に快楽を与えるらしい。そのことがどれほど彼を追い詰めただろう。しかし、彼は涙をにじませつつ、俺にされることを受け入れてくれている。心光も、俺とこうすることに幸福を感じてくれているだろうか?  仏の前ではそれすらも許されないのだろうか? 仏とやらは俺も、心光も、ましてや彼に憑りつく影と、その犠牲者の誰も救ってはくれないというのか?  これが罪だというのなら、この世に罪を犯さないものがいようものか。そして俺たちをこうまで追い詰めた者たちと、これが同じほど罪深いのか? 俺にはわからない。  だが、心光を愛したい。彼とひとつになり、共に生きたい。叶うことなら、互いに人として、なんの咎も受けず苦しみのない暮らしをしたい──。  そんな小さな願いが、こんなにも、得難い。 「蘇芳、っ、ぁっ、ん……っ」  やんわりと心光の脚の間に手をやれば、彼の慎ましやかなそこも熱を持って震えている。受け入れてくれているのだ、と実感し、俺はおもむろに己の手を見る。  彼を愛でたいと心から願えば、指の爪は人と変わらぬほどに丸みを帯びた。便利なものだ、と苦笑する。信じるだけで人に戻ることができればいいのに、きっとそれができないからこそ、こうして少し願うだけで身体が変わってしまうのだろう。  己の指を口に含み、たっぷり濡らして心光の蕾へ触れる。ひくり、と一瞬拒んだものの、柔らかく押せばそこは受け容れてくれた。 「あ、ぅ、う……っ」  熱い内部が指に絡みついてくる。心光の縋る手に力が入ったけれど、それもまた拒絶ではない。これまでの旅の間、何度か身体を重ねたおかげで、そこは柔らかく包み込んでくる。怪我をさせてしまう心配は無いだろう。 「はぁっ、ぁ、蘇芳……っ」 「心光……いいか?」  耳元で小さく問えば、心光もややして頷く。その表情はとろりと溶けて、熱に浮かされているように赤みがさしている。僅かに開いた口へ唇を重ね、舌を絡めながら指を引き抜く。それだけで震える脚を広げさせ、俺の熱をあてがった。  ほんとうは。  ほんとうは、こんなことはしないほうがいい。彼の為にも。これはきっと、俺の愚かで醜い欲だ。わかっていて、俺は、俺たちはそれでも止められなかった。 「──っ、ぁ、あ……っ」  ずるずると心光の中へと腰を進める。熱くうねりながら受け入れるそこは、狭くも柔らかい。心光の指が痛いほどに縋り付く。それさえどこか甘美で、俺は彼をぎゅっと強く抱きしめた。  人として愛しあえれば、どれだけいいだろう。心光と影がそうであるように。俺と心光も、どこまでもひとつになれれば、互いに幸せでいられるような気がして。 「蘇芳……っ、すおう……っ!」  泣き出しそうな声で名前を呼ばれながら、俺はただただ心光を深く愛した。  このまま。互いに何者からも責められず、何者も責めず、静かに暮らせたら、どれほどいいだろう。  そんなことを、考えながら。俺たちは求め合った。熱く、優しく。ただただ、純粋に。  静かな情事の後。俺たちはただ抱き合って横たわっていた。  気怠い身体に、不安な心が今だけは満たされている。互いの温もりと鼓動を感じながら、ただただ眠りを享受する。  ああ。  ふたりが、人として。生をまっとうできるなら。どんなことでもするのに。  そんなことを考えながら、俺は心光を抱き寄せていた。

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