15 / 70

第15話 貴方に出会えてよかった③ 『グレンシアSIDE』

 ――『グレンシアSIDE』  直哉さんの持つ能力オールアップ、それは人知を超えた魔法として語り継がれている。異世界人しか扱えない魔法で、その効力は絶大だ。ただこの世界において異世界人は異端とされてあまり好ましく受け入れられない。  そんな実情がある中、命の恩人である彼を私が守らなくては……最初はそう思っていた。  城に向かう道中、直哉さんを私の馬へ乗せる。  妹のジュリアは昔からお転婆で馬の扱いには長けているから問題はない。むしろ馬を走らせ先に城へ向かってしまった。  ジュリアの事も心配ではあるが、私は直哉さんの事が気になる。  彼は生まれて初めて馬に乗るそうで落馬しないかとても怯えている様子だ。  怖がる彼を前に乗せ、手綱を持ちながら抱きしめるようにして支える。 「ありがとう、おかげでちょっと怖くない」 「それはよかった」  私の腕で支えられて安心している様子の彼に可愛らしさを感じた。  おそらく私より少し年上だと思うが、雰囲気が幼くて警戒心のない素直さを感じる。彼のいた世界では危険が少ないのかもしれない。この世界ではあっという間に淘汰されてしまいそうな儚さに庇護欲が駆り立てられた。  出会ったばかりで、こんな気持ちを持つのは私らしくない。正直、不思議な心境だ。 「……」  直哉さんは黙って何かを考え込んでいる。異世界に来たばかりで、混乱しているのかもしれない。それなのに、見知らぬ土地で人助けをしようと思える彼の優しさに胸が締め付けられた。  彼の事が心配になるけれど他人である私が踏み込める話ではないし、今声をかける事も出過ぎているだろう。  自然と話せる機会を作って、少しでも直哉さんの気持ちに寄り添えないだろうか?  そう考え、城に着いて早々湯浴みを共にする事にした。でも、それは間違いだったかもしれない。 「……っ」  警戒心のない直哉さんの横で湯に浸かれば、彼の髪が長い事に気が付いた。濡れて肌についた髪は色っぽい。男性が髪を伸ばすという事は同性愛の目印だ。彼の世界でどうかは分からないが、私にも望みがある事を期待してしまう。 「お疲れ様です」 「どうも……」  直哉さんの態度は少し素っ気なくて、王子である私に頭を下げたり媚びる事すら無い。何のしがらみもない彼の対等さに魅かれている。こんな人は異世界人でなければ現れようがないだろう。それともこれは、彼だからだろうか?  不思議な感覚だが、離してしまったら二度と帰って来てはくれない気がした。城の中でくらい離れてもいいのに、距離を置きたくない。傍にいて欲しい。    そんな事を思い、お風呂上り自室のバルコニーまで直哉さんを連れてきた。しかし、バルコニーで少し距離を詰め過ぎただろうか? 悩まし気な彼はソファーで眠ってしまった。 「直哉さん……眠ってしまいましたか?」  声をかけても起きない彼をそっと抱き上げて自分のベッドに寝かせる。疲れているのだろう、よく眠っており起きる気配は全くない。  自分もベッドへ横になって彼を観察する。私達より幼く見える人種なのだろうか、寝顔は子供のようだ。綺麗な白い肌に黒髪が映える。長い睫毛が愛らしい。そんな彼に触れたい欲を押し込めて、私も眠りについた。    想い人の気を引く事ができる指輪――。  直哉さんと一緒に出掛けた城下町の散策で、そんな指輪に出会った。だが、直哉さんの前で買うのはよくない。が、これで彼の気を引けたらなんて浮ついた事を考えてしまう。  直哉さんの昨日の反応からして、私の気持ちは胸にしまっておいた方がいいだろう。しかし、欲というのは抑える事が難しい。どうしたものか……。 「その指輪は買わない方がいいと思うんだ……」 「それはっ……」  直哉さんの突然の言葉に何も言えなかった。彼は私に想い人がいると思って止めようとしている?  それとも、これは拒絶だろうか? 彼の表情は心配そうだ。こんなもので好きな人の気を引くべきではないと真っ当な意見として止めてくれたのかもしれない。  彼は本当に誠実な人だ。  神々しいくらいの能力を持った人、律儀で情に厚くて、いつも素直な反応が返ってくる。  どうすれば、彼の意識を私だけに向けられるだろうか?    街で何か買ってほしいという直哉さんからのお願い。なんとしても最高の形で叶えたくて、何かないかと店を探す。女性なら高価な服やアクセサリーなど欲しいものもあるだろうが、男性は服や武器? 服はもう贈ったし、武器は扱い方が分からないかもしれない。  マジックアイテムは物珍しいだろうか? 甘いものは先程の定食屋で渡した。何が好きかわからなければ、私がリードするのは難しい。せめて、商店街や出店の多い通りを案内しよう。 「綺麗だな、知らない花ばかりだ」  直哉さんが足を止めたのは花屋だった。 「これ買ってもらっても良いかな?」 「! では、ここにある花を全て城へ届けてもらいましょう」 「い、いいよ! この花が一輪あればいいんだ」  つい、調子に乗った。欲しいものが何か分かった事が嬉しくて、はしゃいでしまった。買い占めようだなんて、みっともない発言だ。彼はこんなにも控えめで美しい振舞なのに……。  直哉さんは一輪の花を大切そうに両手で持って眺めている。  その花に少し妬ける想いだった。  こんなにも心を掴まれてしまった私は、どうすればいいのだろうか――?

ともだちにシェアしよう!