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第19話 好きという感情には…③
俺は支度を整えて、廊下に出た。
散歩にでも出よう、気分転換だ。と思って庭にある馬小屋まで来た所、綺麗な白馬に乗るジュリアと遭遇した。
お忍びで出かける所なのだろう。
「見たわね……」
「ご、ごめん」
「いいわ、貴方も連れて行ってあげる」
「え?」
「供をなさい」
俺はおてんばお姫様のご命令通り、彼女の後ろに乗った。
女の子の腰に手を回して後ろに乗っている情けない25歳男という客観的状況は悲しいが、お姫様と乗馬って夢のようだ。
いや、立場が逆感あるけど!
馬を町の路上に面した馬小屋へ繋げると、ジュリアは散歩をするかのようにゆっくり歩き出す。俺もゆっくりその隣を歩いた。
「恋愛結婚とは言っても、もうこの国には戻れない籠の鳥よ……」
ジュリアはお姫様にしては凛々しい子だ。自分の国ではおてんばなお姫様で許されるけど、嫁ぎ先では同じように暮らす事ができないのだろう。王族って立場じゃ、好きな人に嫁げるだけで恵まれている。
「貴方に救われておきながら、こんな愚痴を吐いては失礼ね」
「いや、悩むのは良い事だと思う」
「確かにゴブリンに囚われていたら、悩む事すらできない。でも、ごめんなさい。貴方は恩人だもの」
「俺からすればジュリアのおかげでグレンシアと縁が出来たようなものだから、むしろ感謝しているくらいだ」
ジュリアは立ち止まると、年頃の女の子の顔で俺の顔を覗き込んできた。
「直哉さんはお兄様の事が好きなの?」
これは! 女性の大好物、恋バナだ! お姫様も普通の女の子と同じで、誰が誰を好きという話をするのは楽しいのだろう。にまっとした顔が隠せていない。
「俺は、好きというか、なんというか。グレンシアに俺では釣り合わないぞ、グレンシアに失礼だ」
「へーふーん」
見透かすような顔で、ジュリアはまた歩き出す。これ以上の追及をしない辺り育ちのいい女の子だ。
それから街を歩き回り店で買い物をして、俺は両手いっぱいにジュリアの荷物を持っている。男としてはなんか嬉しい展開だな。お姫様と買い物をして荷物持ちにされるのは男としての憧れだ!
決して、マゾとかそういう話ではなく、わがままお姫様から頼りにされている感が、ツンデレぽくていいよね! みたいな!
そんなアホみたいな思考をしていたら、近道しようとジュリアが路地に入った。さすがに、お姫様が人けのない道を歩くのは危険だと思って、止めようとしたんだが……話す間もなく、前後を黒ずくめのローブ男たちに塞がれてしまった。
これはまずい。ジュリアにオールアップを掛けても、武器のない女の子じゃさすがに無理だ。俺自身に掛けても、ジュリア以上にできる事がないだろう。
黒ずくめのローブ男がジュリアに襲い掛かろうとするので、思わずタックルをかました。荷物が散乱し、俺は体がめっちゃ痛い。なのに相手はノーダメージそうだ。
「ジュリアにオールアップを掛ける。スピードも上がるはずだ、逃げろ! オールアップ!」
と、カッコつけた所で俺たちの下に見覚えのない魔法陣が展開され、炎の柱が勢いよく吹き出し、俺とジュリア以外を焼き尽くす勢いで燃え広がる。男たちはたまらず退却して行った。
「姫様、相変わらず警戒心がないですねえ」
そこに居たのは先日、グレンシアに想い人の気を引く事が出来るという指輪を売りつけていた露店の主人エルドだった。あれは変装で、王族の護衛として任務についている人間だったのか?
「エルド、助かったわ。お前も相変わらずの腕前ね」
「いえいえ、お褒め頂き光栄でございますよ」
調子の良さそうな露店の主人だったエルドは、ブレない態度で軽く頭を下げた。護衛だとしても、やっぱり調子がよさそうだ。それだけ優秀な人材なのかもしれない。さっきの魔法は見るからに上級魔法だった。
「お前らあああ!」
怒り狂った声が俺たちに向けられた。怒りを露にして、ずんずんとこちらへ歩いて来るのはアルテッドだ。おそらく、エルドが魔法か何かの連絡手段で呼んだのだろう。兵士たちを引き連れている。お姫様が襲われた現場を通行止めにして、物証が無いか洗い出すようだ。
「ごめんね?」
「姫様、謝れば許されると思っておりますね?」
「だって、私姫だし」
怒るアルテッドに対して、ジュリアは腰を低くし媚びるように可愛い声で謝る。気を許した態度が取れるくらい仲が良いのだろうな。
俺たちは速攻で城に連行された。
ジュリアは謁見の間でお説教だと連れて行かれて、廊下では眉間にしわを寄せたグレンシアが俺に対して厳しい態度を示す。
「直哉さん、命の危険があったと理解していますか?」
「す、すまん」
「城下町に行く時には必ず私に相談して下さい。……どうか、私から離れないでください」
グレンシアは俺の手を取り、唇に寄せた。
し……叱ってもらえる事は有り難い事だが、このままでは本当に恋人になってしまいそうな雰囲気だ。今の俺には男性と付き合う覚悟も、抱かれる覚悟もない。
いや、正確に言えば、俺はグレンシアと恋人になりたいのかもしれない。
……けど、男同士でしたら絶対に痛い。痛いの嫌だ!
グレンシアと恋人になる覚悟が持てない以上、はっきり断るしかないと咄嗟に思った。
「俺はグレンシアのものになる事は拒否したい」
「直哉さん?」
「ごめん、俺は城から出るよ。確かに行き場もないし、お金もないけど、グレンシアの好意を利用し続ける事はできないんだ」
「……それは」
「ごめん」
グレンシアは黙って俺の手を離した。彼は悲しそうに俯いて、立ち尽くしている。俺は背を向けて、自室へ向かった。少ないけれど荷物があるから、持って出ようと思う。
さっきのは俺の弱音だ。心にもやもやと靄がかかったような違和感を感じるし、グレンシアの悲しそうな姿を思い出せばとても辛くなった。が、男と恋人になる事は受け入れられないというか、受け止めたら痛そうというか! 無理なものは仕方がない!
グレンシアの事は好きだけどさ、俺はノーマルな男だ。
気持ちに応えられないのにグレンシアの好意を利用するなんて、やっぱりよくないと思うんだ。なにより俺は25歳の大人だ。この世界では世間知らずだし就職も難しいだろうが、それでも自立しないとだよな! うん!
「大丈夫だ、俺! きっとこの世界にもプログラミングを活かせる職業がある。プログラマーである俺は体系的に物事を考える能力が……長けていて……」
自分を鼓舞しても、違和感は晴れない。
「俺が女の子だったら、悩む必要も、逃げ出す必要も無いのにな……」
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