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第20話 初めての従魔と俺の使命①

 城で過ごす最後の朝か。  そう思って起床し身支度をしていれば、執事さんが朝食を持って来てくれた。  グレンシアは朝食で俺と顔を合わせるのが気まずいのか……いや、グレンシアの事だから俺に気を遣ってくれたんだろうな。俺が気まずい思いをしないようにって考えてくれたんだ。  いつも気遣ってくれる甘やかし王子は、俺に優しくしてばかりだ。 「はっきりと断る姿勢でいないと……」  たかが痛い思いをしたくないだけで俺は……いや、俺には大切な事だぞ。アナルバージンは男の大切な純潔なんだよ! いや、アホみたいだな俺!  と、とにかく! 城を出るまでは、優柔不断にはなれない。俺の態度がはっきりしないと優しいグレンシアを余計に傷付ける事になる。俺は胸のもやっとした気持ちを押し込めて、朝食を食べた。  少ない荷物を、貰ったリュックに詰める。服や靴も下着だって貰い物で、こんなにグレンシアを頼ったくせに酷い去り方をするものだと自分で思った。   「直哉さん」  城を出る寸前で、グレンシアが後ろから声を掛けてきた。見送りに来てくれたのだろうか? なぜか、心が軽くなる。彼の声は俺の靄を取り払うかのようだ。 「これをどうぞ。金貨20枚です。たいして入っていませんが、部屋を借りて仕事を見つけるまでの生活費にしてください」  グレンシアの手には金貨が入っているのだろう白くて上質な布袋があって、それを渡そうとしてくれた。   「……いや」 「最後の餞別です」 「それでも、受け取れない。これ以上グレンシアに甘えられないんだ」  俺はグレンシアに背を向けて走り出した。彼の目にクマがあった事、疲れた表情から思い悩んだ事が窺えた。だからこそ、はっきりとした態度で別れたかった。だが、俺の心は分厚い靄で覆われて、もう取り払えないんじゃないかって思うくらいに重たく痛んだ。  いや、いいんだ。グレンシアが真剣であるのなら、俺は彼からの好意を受け取らない方がいい。  しかし、俺は先の事をだいぶ楽観視していたようだ。城から出るとすぐ石を投げられた。異世界人だからだそうだ。オールアップの魔法は異世界人にしか使えないだろうと……まさか、普通の生活が送れないとは! 「くそっ……!」    しかし、後戻りはできない。    俺は町を出て森までやってきた。町には居られないし、森の隅で野宿かな。ひょこひょこと跳ねるスライムがいたので、とりあえず従魔契約をした。  何も武器がないよりスライム1匹でもいる方がいいよな。  他の魔獣は攻撃的かもしれないし、おとなしくぽよぽよ跳ねているだけのスライム以外と従魔契約なんて結べない。いや、勇気がないだけだ。今の俺には武器もないし、守ってくれる人も居ないから……。  俺の最大の味方は、グレンシアだった。それは分かっている。でも、もういいんだよ。これからはこのスライムと仲良く暮らしていくさ、グレンシアの事は忘れよう……。 「スライムだから、むぅ。お前の名前はむぅだぞ」  むぅはぷるぷると波打って嬉しそうにきゅうっと鳴いた。 「思ったより可愛いな」 「きゅい」  俺はそれから飽きる事もなく、何時間もむぅをこねくりまわした。ぽよぽよひんやり冷たいスライムは揉んだり撫でたりすれば癖になる。ずっと、撫でまわしていたい。 「しかし、腹が減ったな……むぅ、食べ物を持って来てくれ」  試しに頼んでみた。一文無しの俺は食料を森で調達するしかないが、どれなら食べても大丈夫かという知識すらない。そんな俺が自分で取ってくるより、むぅの野生の勘や知識の方が頼りになるだろう。  ぷるぷると跳ねながら、むぅは林檎のような赤い果実を1個持って来てくれた。  もはや自棄だ! 俺は林檎のような果実を齧った。 「あ、林檎だ。うまいよ、むぅ! ありがとな」 「きゅい!」  可愛いし、ぷにぷにだし、頼りになるし、俺にはいい相棒が出来たな!  それでも頭を過るのはグレンシアの顔で、俺は暇を持て余しながらグレンシアの事を考えている。    水はむぅの体内から無限に湧き出てくるので、飲んだり、体を洗ったりして3日が過ぎた。  髭とかは大学生の時に永久脱毛したから伸びない。が、グレンシアからもらった服を洗う度にスエット姿だ。不審人物として捕らえられないか心配だぞ。そして、今日もむぅを枕にして寝る。 「むぅ、今日もありがとうな」 「きゅい」    むぅのおかげでなんとか生きていけるけど、いつゴブリンに遭遇するかっていうリスクからは逃れられない。この世界にいる限り、向き合わなきゃいけない脅威だ。 「……そうだ、ジュリアを守るって約束したんだ」  町の人の事も救いたいって思ったんだよな。本当は、救世主になれるものならなりたくて、グレンシアの傍に居たかったのかもしれない。でも、男同士で恋人になるっていうのが受け入れられなかった。痛そうだし……。 「誠実なふりして、筋を通すふりして、ただの弱虫が逃げ出したに過ぎないよな……」  俺は自分に嘘をついて、グレンシアにも嘘をついて、現実逃避をした。その結果、誰も幸せにならない結末へ向かっているんだ。今更だけど、自分とグレンシアが幸せになれる道へ戻りたいという結論に辿り着いてしまった。  それはつまり、グレンシアを守りたいっていう事だ。守って一緒に居る事が、俺の幸せなんだ。   「きゅい! きゅい!」  むぅがぷるぷるしだした。町の方にボヤが確認できる。 「火事か、もしくはゴブリンが火をつけて……?」 「きゅいきゅいっ!」 「むぅ、行くぞ!」  俺は大慌てで町へ走った。グレンシアを守らないと!  恋人になるかは今は考えない。  3日間、散々考えたんだよ。もし俺がこの世界に来た意味があるとしたら、それはきっとグレンシアを守る為だ。じゃなかったら、出会えてない! 好きになってもらえてないだろう!  プロフィール暗記しちゃうくらい好きなキャラならオタクとして守る事こそが使命だ!  よく考えたら、やっぱり守りたい。だなんて、都合がいい話だ。けど、今の俺の心には靄がかかっていない。自分の気持ちを考えれば考える程、グレンシアの傍に居たいと思った。  ゴブリンに奇襲され煙が立ち上る町へ辿り着くと、城門前で兵を指揮しながら戦うグレンシアが居た。だが、ゴブリンが居て近寄れない。以前と比べて距離があり、魔法が届かない。 「むぅ、グレンシアを助けたいんだ」 「きゅうっ」  むぅはむくむくと大きくなり跳ねた。俺はむぅにしがみつくとそのままグレンシアへ飛び込んでいく! 「うわあああっ! お、オールアップ!」 「直哉さん!?」  俺の魔法でグレンシアは周囲のゴブリンを一掃した。  真っ2つになった化け物たちはボトッと音を立てて落ち塵となって消え、周囲の兵士たちからわっと歓声が上がる。他の場所でゴブリンが暴れていないか、兵たちがそれぞれ確認へ走って行った。 「グ、グレンシア」  悲し気な王子様は俺に向き直ると、黙って俯く。俺は自分の身勝手でグレンシアを傷つけてしまった。 「グレンシアを傷つけるような事をしてごめん……恋人にはなれないけど、やっぱり傍に居たいんだ。3日間、よく考えてみて俺がこの世界に来た理由は、グレンシアを守る事なんだって気付いた」 「ありがとうございます」    グレンシアは俺との距離を詰める事なく、悲しそうに微笑んでお礼を言った。それが悲しくて寂しいと思った。まだ好きで居てくれるかもなんてただの傲りだよな。例え信頼が無くなっていてもいい。  俺は自分が何をすべきか分かった。その為に、グレンシアの傍に居られればいい。  これをやらなきゃ、きっとこの世界に来た意味がない。  俺は、グレンシアを必ず守る。 「おい」    アルテッドの声が聞こえて、門の方を見た。彼は俺の頭を掴むとぐいっと前に倒す。もっとちゃんと謝罪しろという事かな、王族に対して失礼過ぎる俺の態度に怒っているのかもしれない。 「こいつはとても反省しております。そして、殿下にとって最大の味方です」  と、進言した。人の考えが分かるスキルを持つアルテッドの言葉には説得力がある。だが今更、俺の気持ちを信じようなんて気になれないのは仕方がない事だ。 「ごめん……グレンシア、俺は酷い事をした」  グレンシアは黙って唇を噛み締める。  どう考えても酷い行いだったと反省せざるを得ない。俺は気分屋のように振舞ってしまった。それで、グレンシアを振り回して、傷付けた。簡単に許しては貰えないだろう。  それでも、俺には誠意をもって謝りグレンシアを守る事しかできない。  俺はもう自分の使命が分かったんだ。二度とあんな振舞はしないって誓う。けど、それを伝えても軽々しい話だ。  行動で証明していくしかないと、俺は心に決めた。

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