42 / 70
第42話 大人げないお礼
しばらく滞在できるように宿もおさえて、お昼ご飯は街一番の人気店へ入った。グレンシアを確認した店員は飛び上がるようにかしこまる。順番待ちもせずにVIP待遇で席についた。
グレンシアにとっては普通の事なのだろうが、俺としてはなんか面白い。俺だけだったらあり得ない待遇だ。
何事もなくメニューを見ているグレンシアが面白くて俺は笑っていた。俺に気付いてグレンシアは首を傾げる。
グレンシアは本当に王子様なんだなあ。
「一緒に食事をするのが俺なんかで申し訳なくなるよ」
「どうしたんですか?」
「いや、さっきから感じている事なんだけどさ。俺がこう、グレンシアと恋人なのはもったいないくらいだなって」
「それは、私の台詞です」
「え? なんで?」
「直哉さんはご自分がどれ程すごい人間か全くわかっていらっしゃらないので……気が付いた時には、私を置いてどこかへ行ってしまうのではないかと、不安になる時がありますよ」
「そんな馬鹿な事あるわけないだろ……!」
俺は呆気に取られて、つい強めに言ってしまった。グレンシアは少し驚いていて、少し嬉しそうに俯いた。
「お客様」
「!? な、なにか」
急に店員さんが話しかけてきてビビる俺。
「お連れの従魔様が、ご用意した食器類を食べてしまっております……」
「きゅい?」
「うわああっ!? むぅ、何やってるんだよ! ご飯はまだだぞ!」
「スライムが食べてしまったものは会計時に弁償致します」
グレンシアの言葉を受けて店員は申し訳なさそうに店の奥へ戻って行った。
むぅはベビースライムだから、何でも口に入れるし、そのうえ雑食だ。興味半分で食器を食べてしまったのだろう。
「むぅ、お店の物は勝手に食べちゃダメだぞ」
「きゅう……」
「グレンシア、すまん……」
グレンシアは気にする様子もなく、肩を震わせてむぅを撫でてくれた。
むぅ、寛大な王子様に感謝するんだぞ?
「きゅいー……」
「直哉さんに頼られれば頼られるほど、私は幸せです。だから、むぅも気にしなくていいのですよ」
「きゅ!」
「いやいや! ダメだぞ!」
「むぅが街ごと食べても私が弁償します」
「きゅい!」
「むぅ、ダメだからな! 街ごと食べたら、橋の下に捨てて来るぞ」
「ぎゅい!?」
焦りぷるぷる震えているむぅを見て、俺とグレンシアは笑い合った。
「きゅう……」
「ほら、料理を選ぶぞ、なにがいい?」
「きゅ! きゅきゅきゅきゅきゅ」
むぅは開いたページのメニューすべてを突いた。グレンシアが店員を呼ぶ。
「注文を」
「かしこまりました」
「メニューの料理をすべて出して頂けますか?」
「あ、ありがとうございます。ただいまお持ち致します!」
ん?
「あれ?」
今、料理全部って……。
「グレンシア!?」
「ど、どうしました?」
「だ、ダメだ、メニュー全部なんて! いくらかかるんだよ、ここ高級店なのに!」
「気にしないで下さい。せっかくのデートなのですから、美味しいものを食べましょう」
「うぅ……」
何でもないような涼しい笑顔で言われると、俺の方が変なのかなって思えるんだけどさあ。どう考えても、これは貰い過ぎだ。杖やポーションを買ってもらって、さらに他にもいろいろ買ってもらっている。ここの食事代だって、返せそうにない。
俺、無職だし! 体でしか返せないのは、なんか男娼みたいでやだよ!
「直哉さんは、誠実な方なのでお返しを考えて下さっているのでしょう」
「当たり前だろ」
「……直哉さんは忘れっぽい方です」
「な、なにが」
「私に、直哉さんのすべてを下さるのでしょう?」
「お、俺は男娼じゃないぞ」
「!?」
グレンシアは驚いた表情をする。
「な、直哉さん。そういう意味合いではなくて……」
「?」
「恋人同士なので……」
グレンシアは恥ずかしそうに頭を抱えた。そうか、俺には経験がないから理解できなかったが、恋人同士のじゃれ合いみたいな会話だったのかもしれない。ただ、きゅんとしていればいい会話を現実的に返すのはムードの欠片もないだろう。し、失敗してしまった!?
「ご、ごめん! でもさ、大金を使って貰って涼しい顔ではいられないし! 何かで返せないと、居心地悪いからっ!」
「それでは、頂きたいものがあります」
「ん?」
「毎日10回、私に好きと言って下さい」
「やだ」
「……そうですか」
「も、もっと、恥ずかしくないやつでだよ!」
自分で言っておいてあれだが、これは無理難題だ!
「もういい! グレンシアの馬鹿っ」
「ふふっ、面白い直哉さんが見られただけで私は満足ですよ」
年下に微笑ましくこんな台詞を言われる俺は、間違いなく大人げないな!
ともだちにシェアしよう!