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第52話 常識的な神様と俺➁
「夜の街を歩くのは初めてだ」
空を埋め尽くすような星空と、頬を撫でる夜風に俺は緊張の欠片もない。ただ気持ちがいいなと思っている。だって、平和になって初めての夜だ。それだけでも、気分がいい。
「直哉さんはこの世界が好きなんだな……」
エルドが、いつもの調子ではなく……元の世界に居た時の彼になったような気がした。
「お名前を聞いても?」
「私の名前は城崎隼人です」
「俺は本名です。秋塚直哉っていいます」
「いや、アニメみたいな展開ですね。ゲームの世界で本名を言い合うとか」
「本当に、そうですよね。まさか自分が異世界転移するなんて思わなかったです」
なんか思っていたよりも隼人さんは、普通の人というか、常識人そうだ。ゲームでのキャラ……性格を作るタイプなんだろうか。
「あの、変な事を訊くんですけど……直哉さんは、この世界の神様を恨みますか?」
「え? いや、恨んでないですけど」
「この世界に来た事、後悔していませんか?」
「いや、感謝しているくらいですよ」
「……本当に?」
「ええ、グレンシアと出会えましたから」
隼人さんは少し考えてから、徐に口を開いた。
「直哉さんも気になっていらっしゃるでしょうから話そうと思うんですが、私はプログラマーでして」
「俺もプログラマーなんですよ」
「じゃあ、わかりますよね」
「隼人さんって、あの、もしかして……このゲームの製作に関わってました?」
「ええ、この仮想現実を作ったのは私です」
「ど、どどどうやって!?」
心臓が飛び出そうなくらい驚いている様子の俺に隼人さんは少し苦笑いをした。
「海外の掲示板から遊び心で、面白いコードを持ってくる事ってあるじゃないですか。もちろんコピーしたプロジェクトファイルに組み込んで試しに遊んでいただけなんですがね、見事にこの世界に転移しちゃいまして」
「いや、それある意味……プログラマーとして、ゲーマーとして、夢みたいなコードですよね!」
コードとは英数字で出来た文字列の事だ。わかりやすく言うなら、英単語の集合体みたいなもので、その文字たちがゲームのプログラムを作っている。
「いやー……直哉さんは前向きですね……」
「あ、いや、俺は帰れなくてもいいんで」
「帰れますよ。帰る為の選択肢が出る機会はあるので」
「……ん? じゃあ、なぜ隼人さんは帰らないんですか?」
「元の世界の方が暮らしやすいですし、エンジニアやプログラマーとして働けば命がけで戦う必要もないですし本当、楽なんですけどね。でも、この世界に居るしかないんですよ」
「なぜ……?」
「心を奪われてしまいまして」
う……なんか、あまり踏み込んではいけない気がする。それが、魔法の使える世界だからとか、ゲームが好きだからとか単純な話だったらいいんだけどさ、もっと繊細な理由だったとしたら黙っておくのが正解だ。
「直哉さん、少し足を延ばして丘に登りましょう。面白いものをお見せしますよ」
「お、面白いもの?」
隼人さんは丘の上で空中に画面を表示させた。そこにはパソコンの画面が映っており、ネット検索からプログラミング、ゲームまで完全に使いこなせるのだ。
「これは、私のスキルです。この世界を書き換える事も可能です」
「す、すごいですね……」
「書き換えてしまえば何でも叶うんですけど、ゲームを改造してチートしちゃうと面白くないですからね。元の世界へ戻れる仕様にする以外で、書き換えた事は無いんです」
「それは、そうですよね。わかります、俺もゲームの改造はよくやるんですけど、気を付けないとゲームバランスが崩壊しちゃいますしね」
「ええ、大切にしたいですよね。推しとか居ると」
「推し……」
推しがアルテッドなのかは、突っ込まないでおこう……。
「戻りましょうか、私が殿下に殺されちゃいますからね」
「グレンシアが不機嫌で申し訳ないです……」
「グレンシアって、私が名前とか誕生日考えたんですよ。チームでアイデア出し合った時に採用されちゃいまして」
「生みの親ですか!?」
「だから、グレンシアは可愛いんですよ。我が子なんで」
「なんか、頭上がらなくなっちゃいますね……」
隼人さんは笑いながら丘を下る道を歩き出した。
宿に着くと隼人さんはいつも通りのエルドに戻っていた。
何もなかったみたいに振舞ってきたから、俺も今夜の事は忘れる事にした。
このゲームの世界の住人として、エルドという人が居る、それだけでいい――。
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