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第60話 温泉で恋人のふりを➁ ※せくはら

「……貸し切りにするべきではなかったのか」 「いやー冒険者にとって大事な場所だからって断られちゃったんですよ、アルテッド様」  脱衣所に入れば、冒険者たちが素っ裸で談笑している。その手には酒だ。俺の世界じゃマナー違反だが、冒険者には酒が似合う。 「おい」 「!」  アルテッドがエルドの手を握る。  彼の髪は女性的に長いから、恋人が居る事を示した方が安全だと考えたんだろう。 「私の手が空いている時にはとにかく繋いでおけ」 「かしこまりました」  エルドから顔を逸らしたアルテッドは、手を離して服を脱ぐ。  俺もグレンシアと手を繋いで見せてから、服を脱いだ。俺が気遣っている事を汲んでくれたのか、王子様は不機嫌にはならない。むしろちょっと嬉しそうで、俺もにやけるのを必死で誤魔化した。  でも、さっきの話の通り周囲の視線が気になるな。俺の事は物珍しくて見てるんだろうけど、漂う酒の匂いに少しビビってしまう。恋人同士で来ているアピールには成功しているが、気まずいな。  いや、とはいえ、風呂だー!  俺はさっさと体を洗い、湯船に入った。 「うわー気持ちいいなあ」 『あったかあいなぁ~』    足元について来ていたむぅも湯にぷかっと浮いてご機嫌そうだ。  すぐにグレンシアも湯に入って来る。彼は俺の隣で脚を伸ばした。 「直哉さんはお風呂が好きなのですね」 「俺は元の世界で、すごく風呂好きな民族の生まれでさ、世界有数の温泉大国だったぞ」 「それでは、とても懐かしいでしょう」 「ああ、まあ未練はそんなにないんだけどな」 「……」 「あ、いや! 俺は好きな所で生きるだけっていうか」 「はい」 「うん……」  おそらく、俺が元の世界に戻りたいと言えば引き留めない。グレンシアはそういう王子様だから、俺も出来るだけ気を遣おう。  アルテッドは長い髪を洗い終わって、ひとまとめにしている。 「いい体だねえ」  誰に向けられたかもわからない、やらしい声が浴場に飛んだ。その場に人が多くて誰が言ったかはわからない。だが、体を洗い終わって湯船に向かっていたアルテッドの動きが止まった。  人の思考が読める彼は、誰が自分に向けて言ったか分かってしまったのだろう。 「……」  アルテッドが声の主だったと思われる男を睨むと、その冒険者は黙って視線を逸らした。そのまま酒を煽ってなんでもない顔をする。  ああいうズルいセクハラをする奴が一番汚い。男の風上にも置けないぞ。 「アル、行こう」 「!」  エルドが恋人を装ってアルテッドの手を取る。 「お、お前は、ちゃんと私の手を握っていろ」 「もちろん」    エルドはアルテッドの手を握り直して、そのままこちらへ来ると俺たちの近くで湯に浸かった。  ……アルテッドのスキルって便利だけど苦労もするんだな。 「別に、慣れている」  よく考えるとアルテッドは美人だし、心の声なんてわかっちゃったらセクハラの嵐だよな。相手は悪気もなく、あんな事やそんな事を考えまくってたりするわけで。心を許せる人なんて、そう居ないだろう。 「まあ、家族とか幼馴染には気を許している」 「私の話ですか?」  グレンシアに反応されて気まずいアルテッドは無言でそっぽを向いた。親しいからこそ、信頼を伝えるのは気恥ずかしいものだろう。 「アルテッド様、俺には気を許してます?」 「うっさい」  手を繋いだままのやりとりが微笑ましい。アルテッドも素直になればいいのに……。 「……余計なお世話だ」

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