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第68話 貴方より大切なものはない
ああ、この幸せな時間がずっと続けばいい……この世界が消える日なんて来なければいいのに……。
俺は恋心に自惚れながら選んだ10個の菓子を持って来た。
しかし、お菓子を持って来いと命令したはずのアルテッドは少しも嬉しそうではない。深刻そうに俯いている。
「もしも、この世界ごと消える時がきたら、お前は私たちと共に消えるつもりか……?」
「……心を読まれるのも困りますね」
元の世界から跡形もなくデータが消えれば、この世界も消滅するはず。
プログラムを書き換えられるとは、つまりプログラムが消えれば無くなる世界という事だ。
大混乱を引き起こしたゲームが全消去される可能性というのは非常に高い。このゲームに思い入れのあるチームメンバーすらこちら側に飛ばされているのだから隠し守る人も無く、こんな危険な代物は調査が終われば国側で消去するはずだろう。
「……」
でも、この世界ごと守りますよ。俺の本職はエンジニアですから、何かあれば全身全霊で設計し直してやります。
「帰れるものなら帰ればいい……もとよりお前は……いや、私達は存在しないのだから」
「いやー俺が帰るって言っても王子様から離れない友人が1人いますしねえ……それにこの世界には俺のせいでこっちに来ちゃった知り合いがたくさんいます。俺だけ逃げ出せないですよ」
「……」
それに、消える時は一緒ですよ。
「そういうことは……」
「……?」
「そういう事はちゃんと口で言え! 馬鹿!」
――!?
「こんにちは」
「2人でお茶会ですか?」
「殿下と直哉……」
来客の挨拶に構う暇などない。通知が来た。マスターデータの消去が始まった――。
突然の事で動揺する。ぶわっと汗が出てきた。まさかこのタイミングで始まるとは、言霊とでもいうのか……。
だが、消去が完了するまでの間、この世界に異変はない。
俺は直哉さんの腕を掴み引っ張った。驚いたグレンシアが止めようとしたので、理由を口にする。
「直哉さん、パソコンの画面を用意するので、指示通りにデータをコピーして下さい」
「え……?」
「私はこちら側で違和感なく動くように先回りしてプログラムを完成させます」
「そんなことできるんですか!? というか、え? このゲームのデータ……世界が消えるって事ですか!?」
「消去まで10分程度、処理速度が早ければもっと時間はないです」
「は……はい!」
アルテッドたちは息を呑んで見守っている。理解できる事ではないが、危機感は伝わるだろう。
プログラマーの直哉さんは俺の指示をすぐに理解してくれた。無茶な指示は伝わりにくく意見が割れもするが、そんな場合ではない。
彼は真剣に指示通り操作をする。だが、指示を出しながらキーボードを打ち込む俺の事が気になるらしい。
俺とて問題なく動くかなんてのはテストするまで分からない。が、動かなかったら死ぬのだ。記憶をフル回転させて頭の中の設計を実行するしかない。
無茶な事をして無茶な指示を出して、それが理解できる直哉さんの心境を思うととても申し訳ないが……。
「それでも、守りたい……」
「……」
俺の呟いた独り言に、直哉さんは黙って頷き俺の顔を見た。
おそらく残り1分あるかないかで世界を切り離したのだ。
「……直哉さん、元の世界との関連性を断ち切ります。これで2度と元の世界には戻れない」
「覚悟の上です」
「……そう言うと思ってました」
カチッ!
エンターキーを押した。世界が動くのかテストが不可能なプログラムは適用された。
……辺りを見回すが、変わらず庭は美しく木々が騒めき小鳥も鳴いている。
俺の愛する人が抱き着いてきた事で世界は変わらなかったのだと確認した。
「う……動いた……」
崩れ落ちそうなほど脱力し、婚約者の背中に手を当てる。力の入らない手で彼を抱きしめた。
「お前の心を読めば、どれだけの無茶かはわかるからな! ああいう時はお前らだけで逃げろ、馬鹿!」
泣いている婚約者の髪を撫でる。俺も怖かったのだろうか、不思議と笑いが込み上げてきた。
「俺がアルを見捨てる事なんてあるわけないでしょう?」
「見捨てたとしても、生き残れと言っているっ!」
「それは無理です。絶対に……」
確かに俺は強い人間じゃないですからね。
だからこそ、全てを書き換えて無にしたってアルの事だけは守りたい。
さっきも念の為、緊急時に使う別のプログラムも用意していました。せめて、アルが違う世界でもいいから生きられるように。
まあ、それをやっちゃったら色々大変でしたからね。
使わなくて安心しましたよー!
「もう、いいっ……大丈夫だからっ」
「アル……」
から元気も全部バレちゃうんで、困りますよ。
「お前は今まで必死に積み上げてきた人生よりも、私とこの世界を選んだ。そこには後悔が混じって当然だ。それでも私は嬉しい……」
涙でぐしゃぐしゃで、それでも綺麗な顔に笑みを溢す。指の腹でアルテッドの頬を撫でて、涙をすくえば彼を感じた。
俺の現実世界は消えたも同然だ。ここは、ゲームの中の世界……。それなのに、こんなにもリアルで、愛する人は生きている。
「エルドの事は私が守る。絶対幸せに……っ」
わかってます。
俺は彼の言葉を唇で塞いだ――。
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