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第70話 これが甘くも苦い愛なのならば ※1章完結※
――傍に居て、髪を撫でて、愛を囁いてほしい。
「グレンシア……グレンシア! なんで一緒に居られないんだよっ!」
ちょっと不満を叫んでみたら、バルコニーに面した窓がコンコンと叩かれた。
「直哉さん」
グレンシアの声と姿で俺はぎょっとする。い……今の聞かれてしまっただろうか?
「グレンシア!? どうした?」
「バルコニーから迎えに来た方が、ロマンティックかと思ったんですが……驚かせてしまいましたね」
「……」
俺はバルコニーで風に当たりながら、グレンシアの肩に頭を寄せる。
確かにこのシチュエーションは嬉しいかな。久しぶりに会えた王子様が格好良く迎えに来るとか、本当にロマンスだよな。
いつの間にか、乙女思考になっても自分に違和感を感じなくなっていた。
「嬉しいよ」
「直哉さん……」
グレンシアはふっと笑いながら頭を撫でてくる。
「直哉さんはいつも頑張っています。だからもっと傍で応援できたらいいなと、考えてばかりいるんですけどね」
「王子様……将来の王様が仕事しないわけにはいかないんだし、仕方ないよ」
「……」
「むしろ、俺が働きたいって我が儘を言っているだけだ」
「私は直哉さんが一生懸命、仕事に励んでいる姿が好きですよ」
「グレンシア……」
傍に居たい。でも、それ以上に好きで居てもらいたい。だから、俺はちゃんと自立していたいんだ。
結婚したら、妃には妃の仕事があって、それはしなきゃだけど……俺も自分のお金でグレンシアに贈り物がしたい。甘えていたら、きっと続く愛も続かなくなるって思う。
これを言葉にしたら恥ずかしい。でも、わかってますって顔のグレンシアは俺に微笑んでくれる。
「グレンシアの事も俺分ってるからな!」
「はい」
「ちゃんと支えるし!」
「頑張り過ぎないで下さいね」
「頑張るよ……!」
「ふふっ」
甘い時間だ。
一緒に居る時間が短くなったからこそ、2人の時間がとても甘くなる。
寂しい時は苦いけど、それも含めて愛が育つって事なのかもしれない。
「……好きだ」
「……今夜のご予定は?」
「グレンシアと過ごす」
グレンシアは俺をぎゅっと抱きしめた。
頬を撫でる髪から彼の香りがする。好きな人の匂いはなんて落ち着くのだろう。
愛する人に抱かれながら、俺は幸せを感じていた。
――すべてが上手くいっていたのに、俺の体から白い光がきらきらと舞う。
「直哉さんの体が……透けて……」
「これって……?」
画面の表示もない。これは強制退場? 隼人さんのプログラムに欠陥があったのか?
まさか……元の世界に? それとも単純にこの世界の異物が消えるのか……。
「グレンシア、愛してる……」
「そんな……」
「愛しているから」
「直哉さんっ!」
――体が痛い。
真っ暗闇だ。
光が零れてくる。
ずっと閉ざされていたのだろう目を開ける……。
そこにはノートパソコンの画面があり、進んでいない日付と時間。
「いった……! 体がっ……ずっと動かしてなかったみたいに……痛いっ」
椅子に座ったままあの世界へトリップしていたのか? 時間は進んでいないんだぞ?
痛みを堪え、俺はノートパソコンへ向かい確認をする。
パソコンから消えたゴブリンの繁栄……。検索しても何もヒットせず、あのゲームは販売サイトにもない。
公式サイトにあったグレンシアのプロフィールはサイトごと消えていた。
騒ぎの形跡もなく、ゴブリンの繁栄に関するネットニュースもブログ……なに1つ見つからない。
まるで最初から何もなかったかのようだ。
「夢だったのか……?」
――城崎隼人。
俺は検索を掛けた。SNSでヒットした城崎隼人さんのページをしらみつぶしに読んでいった。
エンジニアで、プログラマー経験のある人。本当に実在するなら、話がしたい。あの世界で一緒だった隼人さんに確認がしたい。エルドだったのかと、訊いて話が通じればあの世界は夢じゃない!
あんなに愛した人を……夢だと思いたくない!
隼人さんを探すうちに、涙で前が見えなくなっていた。
「現実的に考えて、夢だ……。何ひとつ、事実はなかったんだ……」
ここは現実世界だ。
考え込んでいるうちに腹が減った。しかし、冷蔵庫は空で棚からカップラーメンを取り出して食べる事にした。俺はお湯を沸かす。その感触、音、全てが現実だった。
安月給で、カップラーメンが主食の俺。確か明日は休みだ。電話で呼び出しをくらわなければ、じっくり考え込めるだろう。
明後日からは問答無用で現実だ。出社して、朝から晩まで働かないと、暮らしていけない。
従魔もいない、カフェもない。なんでもないサラリーマンだ。
けど……もう二度とグレンシアに会えないんだろうか……?
いつか彼の声も顔さえも大好きな匂いも忘れ、俺の中から消えるのか?
……もう確かめる術がない。
そういえば、アルテッドってキャラは俺がプレイした時には居なかったな。ディアドも出て来ない。あの世界にスライムがいた記憶もない。ジアンなんてボスはいない。
……あの世界は本当にゲームの中だったのか?
少なくとも俺が知っているゴブリンの繁栄は存在せず、俺の知っているゴブリンの繁栄にすら、彼らは居なかったのだ。
タイマーが鳴り、カップラーメンが出来た。
それを啜れば、現実を思い知らされる。俺は何を考えていたんだろうと、冷静になる。あれが夢かどうかは分からないが、目の前の現実を生きないといけない。生きるには食べないと、食べるには働かないと。現実をひしひしと感じる。
「今、夜の10時だぞ……?」
会社からかかって来た電話に嫌々出た。
いつもなら急な呼び出しは当たり前なんだけど、今日は嫌だった。
スーツを着て、即行で家を飛び出して、問題が起きた案件と会社で向き合う。
終わった頃には深夜12時、これが普通だったとか笑うよな。終電が無くなる前に、帰ろう帰ろう……。
なんか怠い気持ちで、家に帰って来たら気力がなくて風呂にすら入りたくなかった。
でも、スーツのまま眠れない。外に出たらシャワーくらい浴びないと落ち着いて寝られないんだよな……。
シャアア!
シャワーの音、温度、感覚。本物だ。
出社しても現実が受け入れられないなんて、だいぶ夢の中に浸ってたんだな俺。
風呂を上がって、体を冷ましながら自分の手を眺める。
「グレンシアは……存在しなかったのか……」
「俺は、妄想の世界に居たのか?」
「俺に特別な力があるとか……王子様と結ばれるとか、意味不明だもんな」
俺はケラケラと笑ってみたけど、自分を傷つけるだけだった。
夢かもしれないが、それでも信じていたい。
あの世界で過ごした時間を……親しい人たちの存在を、どうしても否定したくなかった。
「愛してるって……本物だったんだよ……っ!」
涙を拭きながら、俺はノートパソコンへ向かう。
「……ん? DMが、来てる……?」
何故かDMの画面を開く事を躊躇った。不思議と、何か大きな事が起きる様な、何かが変わるような。よくわからない感覚がした。
胸騒ぎってやつか……いや、現実世界じゃただのセールスや迷惑メッセージが関の山だよな。
カチッ。
俺は目を疑った。
グレンシア……?
グレンシアの名前がっ!
名前を知っている人がっ!
「城崎隼人……さん……」
――もし貴方の最愛の人がグレンシアという名前なら、今日の13時に東京駅からフォレ・フィナーレ東京201号室へ来てください。
は……隼人さん? 本当に、隼人さん?
「……あなたは、エルドですか?」
――はい。
1章 おわり――。
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