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第72話 驚き過ぎて声が出ないかと思った②
「はい、そこまで!」
家の中から声がした。ふと開いたドアから玄関を見れば、顔や身長もエルドだけど黒目黒髪の男性がいる。隼人さんだと思われる人は、グレンシアを引っ張って家に押し入れた。俺も入って、玄関のドアを閉める。
「家から出ちゃダメって言ってるじゃないですか!」
「で、ですが、直哉さんをお迎えしたくて……」
我が子を叱るようにグレンシアを注意する隼人さん。子供のようにしゅんとして言い訳をするグレンシアが俺の目の前にいる。
「ここでは、王子じゃないんです。誰かに見つかればただの不法滞在者なんですよ? 直哉さんと一緒に居たいのなら、最低限のルールは守って下さい」
「申し訳ありませんでした」
俺は混乱が落ち着かなくて、広い玄関に立ってグレンシアの背中を見つめていた。グレンシアはカジュアルなビジネススタイルで日本に馴染んだ服装だ。ただ街に出たら、モデルにしか見えないくらいには浮くよなぁ!
目立つ彼を隠したい隼人さんの気持ちはよくわかる。この世界の人間じゃないグレンシアには身分が全くないのだ。存在がバレたら誤魔化しきれないだろう。というか説明のしようがない……。
「あ……すみません。グレンシアに気を取られていました。直哉さん、どうぞ家に上がって下さい」
「お邪魔します」
靴を脱いでスリッパに履き替え、廊下を進む。
「隼人さん、こっちではグレンシアって呼んでいるんですね」
「いや、グレンシア様や殿下って呼んでいたら不審人物ですよ」
「そ、それは確かに……!」
お金持ちの隼人さんが身分不詳の人間に頭を下げていたら、ご近所さんや周囲の人には不審がられるな。不審人物に見られる事はリスキーだ。
「グレンシアとアルテッドに関しては存在を一切隠していますので、他言はしないで下さい」
「アルテッドもいるんですか?」
「ええ、まだ寝ているのでそっとしておいた方がいいですよ」
「あはは……」
アルテッドは寝起き最悪だからなあ!
俺はリビングに通され、そこにある豪華で洗練された家具家電から、ここがお金持ちの家であると確信を持った。
「ちなみにここって?」
「このマンションは祖父が所有しているんです。満室になる事が無いので、以前から住まわせてもらっています。お恥ずかしながら、居候のような状態でして」
すっごいお金持ち! 東京の一等地を所有って! しかも、孫にタダで住まわせているって! 隼人さんの実家は大富豪なのか!? 失礼だからあまり突っ込めないけど! すごいっ!
リビングで革張りの高級ソファーへ腰かけ目を輝かせる俺に、グレンシアがきらきらした笑顔でタブレットを見せてくれる。
「直哉さん、この板はとても面白いんです」
「それ20万円する人気メーカーのタブレット……」
さすが20歳、あっちの世界にはなかった機械を使いこなし、彼は料理宅配サービスのアプリを開いている。
「この魔法の板で好きな料理がいつでも運ばれて来るんですよ!」
「宅配?」
「珍しいものが食べ放題なんですっ!」
「グレンシアっ!? それすごく高いんだよ?」
「?」
俺のような低所得者が使う事はまず無い、ご縁のないサービスだ。だって1食2000円とか普通にするし、こんな食事を毎回食べていたら、破産するぞ?
俺たちのやりとりで隼人さんが笑顔で肩を震わせる。
「いや、直哉さん。生まれて一度も食費の計算をした事がない王子様に食事の値段が高いって言っても理解できないですよー」
「で、でも! 隼人さんがお金を出してくれているんですよね?」
グレンシアの面倒を見てもらえるのは有り難い事だが、これほどの浪費をしては申し訳ない。だからと言って、俺ではどうしようもないんだ。
グレンシアにできるだけ無駄遣いはしないでくれと言う他ないし、俺は語気が強くなっていた。
「いや、グレンシアの王子設定を決めたのは私ですから、責任は取りますよ。生みの親として」
確かに隼人さんの言葉通り、グレンシアは首を傾げている。あっちの世界でのグレンシアの金銭感覚はぶっ飛んでいた。食事の金額なんて大した事がないと思っていても仕方がない。けど! 隼人さんに迷惑をかけて良い事にはならないんだよ。
「ぐ、グレンシア、こういう食事は俺では払えないからな?」
「?」
筋を通すのであれば、グレンシアの食費は俺が出すべきだ。だが、そんなお金は持っていない。年収300万円の俺に支払えるサービスではない。
俺の気も知らないで、グレンシアはかわいい顔でキョトンとしている。
「可愛く首を傾げても、無い袖は振れないんだってば!」
「……」
口調を強くして主張する俺の態度に彼は落ち込み俯いてしまった。
「ぐ、グレンシア……」
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