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第74話 恋人のふりをするのは大変ですっ!①

 俺たちは出掛ける為に玄関へ集合した。常識的に考えると日本の玄関は狭いものだが、大人4人が集まっても狭さを感じないくらい広々と設計されている。   「……おい」  うん……アルテッドの不満は分かるぞ。  女装姿で立ち尽くすアルテッドが着ている服は、おそらく隼人さんの元カノがこの家に置いて行ったものだ。 「なぜ、こんなものを着なくてはならない!? パジャマだって、女物だったっ! 隼人の女だった奴の服など見たくもない!」 「アル! とても似合っている! 可愛い!」  スマホで写真を撮りながら、テンションの高い隼人さんに口を挟めないんだよな……。趣味は人それぞれだし、隼人さんも男だからな、人には言えないような性癖の1つや2つはあるだろう。 「アルっ! スカートを軽く持って、脚をクロスさせ……ぐっ」  さすがに怒ったアルテッドの風魔法で吹っ飛ばされた。  気持ちは分からんでもないけど、いい年した男が20歳の男子に元カノの服で女装させているのは異常だからやめた方がいいと思うんだ……。  ツンツン怒ったままのアルテッドを引っ張るように連れ出して、マンションの外へ出た。  俺たち以外にはグレンシアとアルテッドの姿は見えない。だから、女装姿だろうと問題はない。が、アルテッドの不満は収まらないらしく、隼人さんから距離を取ってグレンシアと腕を組んで歩いている。  それを見守りながら俺と隼人さんは並んで並木道の歩道を歩くが、通行人からしたら俺と隼人さんが2人で街をふらふらしているだけになっちゃうんだよな。  知り合いに遭遇したら「学生時代の先輩なんだ!」という言い訳をしよう。 「うわっ!?」 「だ、大丈夫ですか?」  スポーツタイプの自転車が勢いよく走って来て、避けた拍子に隼人さんとぶつかり、2人で態勢を崩した。  下敷きにしてしまった状態に慌てた俺が、隼人さんの上から退こうとすると……ハイヒールのカツカツとした音がずんずん近付いて来る。アルテッドかと思ったけど、彼は平たいパンプスを履いているはずだ。   「ちょっと!?」  女性の怒った声が頭上から聞こえてすごく嫌な予感がした。 「麻里、何か用かな?」  ぐいっ! 「えはっ!?」  驚いて変な声が出た。隼人さんはなぜか俺を引っ張って腕の中へ閉じ込める。彼のお腹に顔をくっつけている状態では身動きも取れないし、前も見えない。  何を言うべきかもわからないから、俺は耳を澄ませて状況が進むのを待った。 「貴方って、バイだったの?」 「ああ、最近ね」 「結婚も出来ないし、貴方の親族が納得するとも思えないけど」 「余計なお世話だ、立ち去ってくれるかな? 私との暮らしが嫌で逃げ出した女性に興味はない」 「っ……ちょっと、そこのっ!」  ひいいいい!? 俺の背中をヒールで踏んでくる女性にビビって変な声が出そうになった。ありえないだろ! いや、痴情のもつれならこういう修羅場もあるのか? モテなさすぎて知らなかった! 「身の程を弁えなさいよ! 男のくせに!」 「!」   「……」  俺を抱きしめる腕から、隼人さんの怒りが伝って来る。    ――ここで気が付いた。  さっきから侮辱されているのは俺ではない。  この侮辱は彼女には姿の見えない、隼人さんの大切な人に向けられているのだ。   「お前こそ、逃げ出したくせに未練たらしいな」  ん!? 俺の頭上からアルテッドの声がする!? 「見た目が良くて金持ちなら誰でもいい女に、人を侮辱する資格なんて無いだろう!」 「……なんですって!?」  アルテッドぉぉおお! この女の人から怒りをぶつけられるの俺なんですけどぉっ!?  ヒールの音からして、また背中を蹴られるうううっ!   「これ以上私に構うなら警察を呼ぶ」  ぴしゃりと言った隼人さんの言葉で女性の動きが止まったと分かった。  カツンッ! とヒールを地面に戻し、カツカツと遠ざかるヒールの音。その音が全くしなくなってしばらくすると、隼人さんは俺を解放してくれた。 「は……はあああああっ!」  俺は体の力が抜け隼人さんにもたれ掛かった。 「直哉さん、本当に申し訳ない……」 「お、恐ろしかった……!」

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