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第75話 恋人のふりをするのは大変ですっ!②
カツンッ!
再び激しく鳴ったヒールの音に俺はビクッとなった。
が、その女性――。
「直哉っ! 全然彼女作らないと思ったら、ゲイだったの!?」
心配して泣きそうな声の主は俺の母親だった。
「お母さん!? いや、ちがうよ、違わないけど!」
は……話が、ややこしいっ!
「なるほど」
隼人さんが何を納得したのかは知らないが、彼は突然俺の母親に話しかける。
「お母様ですか? ……直哉さんとお付き合いをしている城崎隼人と申します」
んっ!?
隼人さんは立ち上がると、俺の服の砂を払い母親と向き合った。おそらく、秘密を隠すには俺と恋人であれば色々と言い訳を説明する必要もなく都合がいいと判断したのだろう。
「……ご職業は」
しかし、母親が本気モードで品定めを始めてしまった!
グレンシアたちに今の状況がどう映っているのかはわからないが、彼らは遠巻きに静観している。
「エンジニアをしています」
「失礼ですが、ご年齢は」
「私は今年で30歳になります。直哉さんとは少し離れていますが、彼は年齢よりも優秀ですから。対等にお付き合いをしています」
嘘をこうも笑顔でもっともらしく言えるのすごいな! 俺のせいだけど、ちょっと引く!
「……」
だが、うちの母親は簡単に納得しそうもない。俺は大人として母親と向き合う事にした。
「お母さん、俺もう25歳だしさ……自分の人生は自分で決められるし」
「たった25歳で大人ぶるんじゃありませんっ!」
えええっ!?
「お母さんにとってはね、直哉が何歳になってもオムツつけてひょこひょこ歩いている子供なのっ!」
「えー……」
さ、さすがに困った……。
隼人さんも困り顔で俺の様子を窺う。だからって、秘密を話すわけにはいかない。
俯いて今にも泣きそうな母親に空気が凍り始めた頃。
「いつもお祈り下さりありがとうございます……」
アルテッドが母親に話しかけた。
「か……神様っ!?」
そうだった。お母さんはお天道様信じているから、毎日太陽にお祈りしてる人なんだよ。
「どうか直哉君を信じてあげてください……自立させてあげてください……それが、直哉君の幸せとなります」
「そ……それはっ!」
もう、アルテッドなんでもありだなー! 人の心が分かって姿も見えない。ある意味で神様だー!
母親は少し考えた後、俺の肩を掴んだ。
「直哉っ……今日は、仕方ないっでもね。ちゃんと家族に紹介して、真っ当な交際をするんだからね? 相手が女だろうと男だろうと、お母さんは直哉には幸せになってほしいっ!」
「お母さん……わかった。いつか、ちゃんと紹介できるようにするよ」
「いつ、か?」
「直哉さん……」
グレンシアの声で名前を呼ばれた。その声に気が付いた母親は目を丸くしたけど、何も言わなかった。声のした方を見て、ぱちくりしながらも察した事は胸にしまって、俺に微笑むと立ち去ってくれた。
「とても、いい母上だな」
アルテッドの言葉で、母親が秘密を守ってくれるという事が分かった。……それだけじゃないか。自分でも、親には恵まれたと思う。
嘘で誤魔化そうとしたけど、必要はなかったと隼人さんは俯いて俺に謝る。
「私が余計な事を言ったばかりに、むしろ直哉さんのお母様を心配させてしまったようで申し訳ない……」
「いや、隼人さんの判断は間違ってないですよ。本来はああ言った方が問題回避になりますし」
隼人さんと話していたら、グレンシアが俺の腕を優しく掴んだ。
「直哉さん」
「グレンシア?」
向き合うと、彼は真剣な表情で瞳を潤ませる。
「まだ方法は分かりませんが、必ずご家族に安心してもらえるようにします」
「ああ、俺も一緒に方法を考えるよ」
グレンシアは微笑んで、俺の髪にキスをしてきた。
控えめだけど、確かに愛されている。そんなグレンシアの愛情表現が俺はくすぐったくて好きだ。
――カツンッ!
今、ヒールではない音が鳴ったような――だが、そこには誰もいない。
何故か懐かしいような腐敗した僅かな臭いに、背筋がゾッとした。
その理由を俺はまだ知らない。
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