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第76話 楽しいデートってこういうコト!

 俺は取り敢えず歩いていたんだけど、隼人さんはショッピングモールへ向かっていたようだ。  俺たちの目の前には女性の好きそうな店がずらっと並ぶ。化粧品や香水。いろんないい匂いが混じり、フロア全体が女性って感じの香りに包まれている。 「まず、アルテッドたちが興味のありそうな店で買い物をしませんか?」 「いや、たぶんグレンシアたちが買い物をしたら、すごく荷物になりますけど……」 「? 家に送ってもらうので、控えだけ受け取れば大丈夫ですよ」  なるほど! 隼人さんは送料なんて気にした事ないんですね!  お金持ちだ。俺には通販でもないのにいちいち送料払うって発想がなかった……。  しかも、最初に入った店は紅茶の専門店だ。  王族貴族といえば紅茶!  さすがにグレンシアたちに試飲はさせてあげられないが、色とりどりのパッケージや香りを確認できるサンプル、様々な名前のフレーバーティー。きっと彼らには物珍しい品が並んでいる。だが、馴染みのある紅茶なら気楽に買い物を楽しめるだろう。  俺はバレないように気を付けながら、グレンシアに紅茶のサンプルを差し出す。 「すごく甘い匂いがしますっ……!」  グレンシアは小声で感動している。目を輝かせて、子供みたいだ。  あっちの世界で甘いフレーバーティーは珍しいらしく、グレンシアとアルテッドはとにかく甘い香りのする紅茶を欲しがった。  1袋800円高っ! 1200円!? せ……1600円……!? グレンシアが欲しい紅茶は値段様々で7個、送料も含めると軽く8000円になった。しかし、もうお金の事でグレンシアを悲しませたくないし、格好もつけたい俺は何でもないふりでスマホを出す。  ピッ! 「ありがとうございました。では、こちらにご住所をご記入いただいて……」  とりあえず、グレンシアの買い物だし隼人さんの家の住所でいいよな。   「直哉さん、なぜ小さな板……すまほを機械とやらにかざすと支払った事になるのですか?」 「グレンシアが言う後で従者が持ってきますのスマホ版かな!」 「後で支払うのですか?」 「いやーお金をチャージしたり、口座と結び付けて……」  はっ……店員さんが不審な目で見てるからさっさと退散しよう。  どこから聞こえているかも分からない声と会話する人間がいたらめっちゃ怖いよね! 「あ……ありがとうございましたー!」  隼人さんとアルテッドは先に買い物を終えていたようで合流した。  デートではちゃんと俺にお金を出す機会を与えてくれるのも隼人さんの気遣いだろう。さすがに全部、隼人さんが支払っていたら好きな人の前で格好がつかないからな。 「次は石鹸と入浴剤の店に行こうと思いますが、いかがですか?」  表情を見ただけで、アルテッドがめちゃくちゃ行きたそうにしているのが分かる。行かないという選択肢はないなー。グレンシアも興味があるだろうか? 「私も行ってみたいです」 「わかった!」  グレンシアが興味のある場所なら、絶対に行かなくては! 「では、参りましょうか。その店も1階にありますからね」 「ずいぶん詳しいな」 「……」  アルテッドのツッコミを無言でかわす隼人さん。どう考えても、いつも女性と買い物に来ていたから詳しいんだなって、分かるチョイスなんだよ。こんな女性向けのショッピングモールに男だけではなかなか入らない。周りのお客も女性かカップルばかりだ。 「ほら、ありましたよ。いろんな香りの石鹸がありますが、動物実験を一切しないこだわりで、この店の石鹸は無添加、オーガニック、グルテンフリーなんですよ。アレルギーテスト済みですし、天然の……はっ!」  アルテッドの冷たい視線に気付いた隼人さんは口を閉じる。   「詳しすぎるだろ……」  アルテッドの言う通り、隼人さんがとても詳しいのは俺にもわかる。女性と何度も店に来た男だと自白したも同然だ。  おそらく、隼人さんは経験人数が多い。デートで女性向けの店を行き尽くしてしまうくらいに……いや、何度も同じ店に違う女性と来ていただろうくらいに、だ。くっ……男としてはちょっとムカついてしまうな。同性としての、ただの嫉妬なんだけども! 「直哉! お前はお前で、その様な事を考えるなど! 殿下への忠誠心が足りていない!」  アルテッドに怒られました。すみません……。 「直哉さん?」 「いや、グレンシア。違うんだ。女性にモテたいとか、そういうのは愛とは別問題なんだ!」 「はい?」 「いや……。俺は隼人さんと違ってモテないから……憧れていただけで……実質無罪なんだよ!」 「隼人は有罪なんですか?」 「そ、それはっ!?」  グレンシアの天然発言を受け、隼人さんは静かな声色で店員さんに声を掛ける。 「この店の商品を1個ずつ下さい。ギフトで各商品に1枚ずつメッセージカードを。メッセージは全て、最愛の人へでお願いします」 「……は、はい……かしこまりました……!」  いや、店員さんがドン引きしてるんだけども。喜ぶ女性がいるのかは知らないが、俺が貰ったら普通に怖いけどな!  たぶん追い詰められているんだ。闇落ちしていそうなオーラを放つ隼人さん……本命にだけ格好良くいかないとかああいうやつなのかもしれない。モテるのも辛いもんだな。 「隼人、お腹が空いた」 「アル……!」 「殿下の買い物が終わったら、食事に連れて行け」 「今すぐ予約をしてきますね!」  隼人さんはスマホを取り出して店を出た。愛情という誠意は伝わったのだろうな。まあ、アルテッドは隼人さんの気持ちが分かるわけだし、商品を買って示すまでも無いはずなんだけど。それでも嬉しいものかもしれない。   「グレンシアはどれが欲しい?」  俺はそう尋ねてしまった後に、店内の値札を見た。 「直哉さん、私はこれとこれが欲しいです」  石鹸なのになぜこんなに高いんだ!? 入浴剤って、1回でこの値段? これなんて……1個で500円!? こんな高額なものを風呂に沈めてどうするんだよ!? 「直哉さん、キャンドルが売ってますよ!」  なぜ溶けるだけのキャンドルが800円もするんだ……。デカくて変な形のなんて、なぜ1200円?  だー! ダメだ! こんなんだから俺はモテない! グレンシアにだけは格好つけるって決めたんだからな! 「直哉さん、大丈夫ですか……?」 「だ、大丈夫だ!」 「私は、直哉さんとこうして見ているだけでも楽しいので、お買い物はしなくて大丈夫ですから」 「……! いや、思い出だし、記念に何か買おう。そうだ、1個ずつ同じものを買って記念写真を撮る、とか」 「楽しそうですね!」    グレンシアは動物の形の石鹸を選んだ。  店の隅にあった看板が映るようにして、インカメラを起動させる。グレンシアの顔が「?」でいっぱいなのが可愛い。カメラを通してもイケメン過ぎるグレンシアとのツーショットだ。    カシャッ!    異世界の王子様はスマホの写真を見て、不思議そうにしている。  ふふふ、はじめてグレンシアと写真を撮ってしまった! 記念だ。大切にしよう。複数のクラウドに預けて、ハードディスクやメモリーにも入れておかなくては! 絶対、消えないように……! 「直哉さん嬉しそうですね」 「あ、ああ! だって、この世界にグレンシアが居る証明だからな!」   「私は、お買い物をたくさんしなくても、直哉さんが嬉しいだけで幸せです」 「……ぐ、グレンシアっ!」  うう……い、いくらグレンシアが愛しくても、こんな場所で抱き着くのはダメだ……。それでも我慢ができなくて、俺からグレンシアに抱き着くとほんの数秒、抱き合って離れた。 「!」  名残惜しそうな顔をしていたのかもしれない。優しい王子様は俺の手を握り、そのまま恋人繋ぎにしてくれた。 「これくらいなら大丈夫でしょうか?」 「ああ、うんっ!」  嬉しいな……! グレンシアと手を繋いでデートしているなんて!  しかし、幸せも束の間だった。俺たちの前にアルテッドが立ち、何やら心配そうな顔をしている。 「……私と殿下は見えていないからな」 「そうだったー!」  うわっ! 1人インカメラで写真撮って居ただけならまだしも……。  1人で抱き合って恋人繋ぎを始めるとか俺、不審者としてレベル高すぎるっ!  しかも、俺の横で石鹸が勝手に浮いていたようにしか見えなかっただろう……。 「な、直哉さんっごめんなさい!」 「グレンシアは悪くないよ……」    戻って来た隼人さんが首を傾げ、うな垂れる俺を不思議そうに見ていた。

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