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第77話 好奇心旺盛な可愛い貴族様たち

「直哉さん、お肉は食べられますか? 焼肉なんですけど」 「あ、はい。全然、むしろ好物なんで」  隼人さんが予約してくれた店は焼肉屋だ。個室で楽しみながら食べるのなら確かに最適だな。  案内された焼肉屋は安いチェーン店ではない、暗い照明に落ち着いた雰囲気の店内。よくドラマとかで見かける旅館みたいな雰囲気の座敷で、京都かな? と思う程、高級感のある個室だ。  テーブルの真ん中にある、ぱちぱちと燃える熱い炭を見て、グレンシアとアルテッドはとても不思議そう。顔を近づけすぎて熱っ! ってなっているのが可愛い。 「直哉さんっ! なぜ食事をするテーブルにこの様なものが?」  グレンシアは首を傾げて網を指差した。   「ここで調理して食べるんだ」 「自分で焼くのですか?」 「ああ、ここは焼きたての肉を食べる店なんだよ」 「焼きたて……!」  グレンシアは目を輝かせている。キャンプや野宿はグレンシアにとって朝飯前だし、そこで肉を焼いて食べる事もあったはずだ。けど、焼肉屋という綺麗な個室で自分が焼いた肉を食べるというのは新鮮なのかもしれない。    びしびしびしっ!  何故かトングで網を攻撃するアルテッド。物珍しいのか、トングを引っ張ったり、叩いたりしている。強度を調べているのかもしれないが、壊すと迷惑だぞ! 「このぷらすちっくという皿はなぜ壊れないのだ!」  がんがんがんっ!   「アルテッド、別に壊れないわけじゃ」  ぽいっ! 「うあああっ!?」「アルぅうううう!?」  個室に俺と隼人さんの悲鳴が響く。アルテッドはあろう事かプラスチックの皿を七輪の網の上へ載せたのだ。慌てた隼人さんが皿をトングで回収するが、皿はドロッと溶けて、化学製品の嫌な臭いが部屋に充満する。 「……す、すまない」  珍しく反省しているアルテッドに対して、隼人さんは怒る様子も無くむしろ微笑ましそうだ。 「違う個室に移らせてもらいましょうか」 「……ごめん」  アルテッドはしゅんとしながら、店員さんに事情を説明する隼人さんを見ていた。  んまあな、説明しようとしたら間違って皿を網に落としちゃいましたって事になる訳だ。隼人さんは常連っぽいし、迷惑は掛けられない。俺がついうっかり皿を落としちゃってーと言うしかないけど。店員さんが一瞬「は?」って顔したよ。  うん、まあ子供じゃあるまいしドジ過ぎるよね! 「直哉、すまん……」  店員さんに新しい個室へ案内してもらって、肉を待っている間のアルテッドは泣きそうだ。 「いや、気にしなくていいよ。俺はただ店員さんに言い訳しただけだし」  隼人さんは店側から断られてはいたものの出した損害分の弁償をしていた。あの個室はしばらく使えないし、網や七輪も使い物にならない。でも、アルテッドが好奇心旺盛なのは知らなかった。  だからきっと、アルテッドの一面を知れて隼人さんも楽しかったんじゃないかな? 「直哉……」    そうこうしているうちに、肉が来た。なんで肉が山盛りタワー状になっているのか庶民の俺には理解ができない。注文は隼人さんにお任せだったし、すごいのが来るのは想定内だったが。なぜ焼肉タワーに花が咲いているんだ?  トングで取ってみると造花だと分かった。なんでこんな変なとこにコストをかけるんだ。花無しにして安くしてくれと思ってしまうが。グレンシアとアルテッドは初めて見る肉の盛り付けに感動している。  ふっ……こんなすごいデートをしているのに庶民の俺ときたら、考える事がせこくて肩身が狭く感じるぜ! 「こうやって、トングで肉を焼いて下さい。皿に取る時は箸で取らないと食中毒になるので気を付けてくださいね?」 「ほう!」  元気を取り戻したアルテッドは、隼人さんの説明通りに肉を焼いている。グレンシアも肉を焼いているが、トングの先で燃える肉の油に少しビビっており、可愛くて面白い。  上手く箸が扱えない彼らの為に、肉の回収は俺と隼人さんの担当。グレンシアは焼肉の載った皿を持ち上げて興味津々に眺め香りを楽しんでいる。その後、塩を振った肉をフォークで口にすると動きが停止し固まった。 「噛む必要がない……!?」  柔らかくて旨味溢れる味に驚いている様子だ。 「……」  俺も食べたが、感動で無言になってしまうくらい美味いいっ! 支払いが怖いぃいい! 「直哉さん、焼肉って。とっても美味しいですね!」 「ああ、すごく美味しいな!」  だが、楽しまないとな! 支払いの事は考えないようにしよう。今はグレンシアとの楽しい時間なんだから。 「すみません、こんな時に申し訳ないのですが。仕事の連絡を入れたいので……席を外しますね」  タワーの肉を食べ尽くした頃、隼人さんは個室を出た。  仕事って、急にどうしたんだろうか? トラブルに対処しなきゃいけなくなった? チャットかなんかで緊急の連絡が回って来たのか? うーん、隼人さんは高給取りそうだし休みの日でも快く対応してクライアントと良好な関係を築かなくてはいけないフリーランス?  想像力を働かせるが、わからん。 「も、もしかして!?」  あれは建前の理由で、本当は会計に行ったのかもしれない! 「ご、ごめん、ちょっと俺もお手洗いに!」  追いかけて半分は支払わせてもらわないと、申し訳ない! 「お支払いは先程頂きましたので」  やっぱり!  レジの店員さんは笑顔で頭を下げた。  俺は隼人さんを探す。もし電話をしているのならと店の外に出たら、案の定だ! 店の大きな看板の端辺り、隼人さんは電話で誰かと話している。 「ええ、秋塚君はこちらで。はい。突然で申し訳ないです。引継ぎも出来ない事情がありまして……。父や祖父には、大丸社長からとてもお世話になったと、ええ、もちろんですよ! これからもどうぞよろしくお願い致します」  秋塚は俺の苗字だ。大丸社長は俺の務めている会社の社長だ。引継ぎが出来ない……つまり急な退職。  !?  ど、どどどういう事!?  電話を切った隼人さんと目が合う。しまったというか、気まずいというか。変な空気が流れてしまった。黙って隼人さんがこちらへ歩いて来る。 「隼人さん、半分支払いますので!」 「いえ、大丈夫ですよ」  電話の内容が衝撃的過ぎて突っ込めない。いやいや、払いますよ! と、食い下がる言葉すら口に出来ない空気が辛い。突っ込むべきか!? いや、スルーした方がいいのか!? そう混乱しながら、額を汗が伝った。  数分黙っていただろうか、ぶわっと出た汗で手の平がぐしゃぐしゃだ。シャツが汗で染みになっていないか、心配する暇があるくらいずっと沈黙が流れている。  思案していたのだろう隼人さんは目線を上げて俺を見た。 「つい、グレンシアが可愛くて」 「へ?」 「情けない言い訳に聞こえるでしょうが……親心として、直哉さんと離れて悲しむグレンシアを見たくなかったんです」 「……」  明日、俺が出社するとグレンシアが悲しむ。確かに異世界で寂しい思いをするよな。 「いや、だからって俺を失職させなくても! 貯金もそんなに無いのに!」  俺は涙を浮かべて文句を言ってしまった。だって、就職がどれだけ大変か! 生きていくのにどれだけのお金がかかるか、隼人さん分かっていなさそうだし、責めたくなってしまうのは仕方がないと思う! 俺は悪くない……! けど。 「す、すみません。大きい声を出して……」 「いえ、相談もせずに我が儘を通した私が悪いんです」 「隼人さん、申し訳ないのですけど……俺は稼がないと生きていけないので、グレンシアの傍にずっと居る事は出来ないんですよ」 「それは重々承知しております」 「……? じゃあ……隼人さんは俺をどうするつもりなんですか!?」  さすがに「養いますから」とか言われたら嫌なんだけど!? 「直哉さんには私のサポートをお願いしたいんです」 「あ、アシスタント……ですか?」 「ええ、私の仕事の手伝いと家事。私の家で出来る仕事ですから、ずっとグレンシアと一緒に居られます」 「住み込み?」 「ええ、年収は今の倍出します」 「600万円!?」 「はい」  それだけあれば、グレンシアに我慢しろなんて言わなくて済む! 「生活費は経費扱いでいいですよ」 「それはお断りします」 「理由を訊いても?」 「まっとうに自立して暮らしていく事が親孝行なので」  隼人さんは俺の母親の事を思い出したのか、納得したように笑った。    個室に戻ると、泣きそうな2人がいた。  アルテッドはなぜかドレッシングまみれ。グレンシアの手には注文のタブレットが。2人は大量のデザートが来てしまったと困り果てている。 テーブルには埋め尽くすばかりの……杏仁豆腐! なぜ杏仁豆腐ばかり20人前も頼んでしまったのか! 「私がアルにドレッシングをかけてしまったんです……まさか押すと飛び出てくるなんて思わなくて」 「すっ少し甘い物が食べたくてだな! 殿下と一緒にたぶれっとという板をさわっていたら……なぜか大量の白いゼリーが!」  2人の言い訳から察するに。俺たちがいない間に遊んでいたら、大変な事になって涙目になっているんだなっ!  可愛すぎて、もう……にやけそうだけども。  俺たちは杏仁豆腐を1人5皿食べて、店を出る事になったのだった――。

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