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第78話 見えてもいい下着って何ですか?
「一応ハンカチで拭きましたが……髪が絡まっていますねえ……」
「これくらい別に大丈夫だ」
アルテッドの髪にかかったドレッシングは砂糖の入ったものでべたつくようだ。グレンシアが申し訳なさそうにしている。
あれから焼肉屋を出て街を歩いているが、隼人さんはどこに向かっているのだろう? 俺の視線を察した隼人さんは、思いついたような顔をする。
「アルにはお風呂に入ってもらいたいですね。服を買って温泉施設にでも行きましょうか?」
「う……それは」
「あのですね。直哉さん……? 少し休まれた方がいいですよ?」
「でも、リラックスしたら寝てしまいそうで」
「むしろ、寝てください。私たちは私たちで自由に時間を過ごしますから」
確かに、隼人さんからのDMが気になって夜は一睡もできなかった。まさかグレンシアと再会できるとも思っていないし、デートするなんて夢にも思っていなかったからなぁ。
「では、お言葉に甘えて少し仮眠を……」
夢の中……。
あれ?
さっきの夢だった? でも、すっごくリアルな夢だった……。
「はっ!?」
目が覚めると、すっかり冷めた体、18時を指している時計。
「3時間も寝てた!?」
「直哉さんっどうしました?」
俺の横には浴衣姿のグレンシアがいる。湯上がりに寝そべる為の椅子で俺は仮眠を取っていたのだ。そう、温泉に皆で入ったんだ。ここはビルの中の温泉施設だ。
「はーよかったー……いや、よくないけど」
「おはようございます」
「うん、おはよう。グレンシアずっと傍に居てくれたのか?」
「私はいついかなる時でも直哉さんをお守りします」
日本は治安がいいから、そう警戒する必要は無いんだけど……でも、嬉しい。
「ありがとうな」
「婚約者として当然です」
婚約者……か。
「こっちの世界で結婚できればいいんだけど……」
「出来ない理由は、私に戸籍がないからですか?」
「いや、そもそも男同士って結婚できないんだよ」
「そうなのですか……」
グレンシアは俯いて思案をしていた。すぐに何でもないような顔をするが、俺には分かるぞ。
向こうの世界に戻れたら、結婚ができる。
なにより元居た世界に戻る事がグレンシアにとっての幸せだろうし、ゴブリンの繁栄に戻る方法を隼人さんと探した方がいいんだよな……。
けど、母親に会ってしまった。親の顔を見てしまうと、異世界で生きる決意が鈍るんだ。
「大丈夫です。なんとかします。どうにもならない時はその時に考えましょう」
俺が思い詰めた顔でもしていたのか、グレンシアは明るく提案した。
「うん、そうしようか」
楽観的で頼もしいグレンシアの言葉に勇気付けられたのかな。俺も自然と気持ちを切り替えられた。
俺は愛しい人と手を繋いで、微笑み合う。
これが、夢でありませんように――。
――『隼人SIDE』
メイドさんがはいてるパンツは紐パン一択! 家事をする事でチラ見えする丈のスカートでなければならないっ!
「……」
メンズ、レディースがそれぞれ売っているおしゃれなブティックで、アルテッドが俺の事をじとーッとした目で睨んでいる。
「いや、直哉さんに働いてもらう時の制服の事を考えていただけで。スーツと、普段着をオーダーメードであつらえようと思うんですよね」
「この国では、雇い主はパンツまで用意するのか?」
「無いと困りますからねえ」
「紐なら無いのと一緒だろうがっ!」
「アル、さっきの妄想は冗談ですからね?」
「どうだかな」
心が丸見えだとスケベ心ひとつ持てないな……。女性の生足を見ただけで、アルは不機嫌になるし。
「当然だ! 何なんだこの世界の女は!? なんで下着が見える丈のスカートを身に着けている!? 少し風が吹いたら丸見えだろうが!」
「いや、見えてもいい下着を、下着の上から身に着けているんですよ」
「違いが分からん」
「俺にも分からないです……」
俺たちは服を買って、温泉施設に来た。商業施設のようなビルの1階、それなりの広さがある。サウナ目的が多いだろう、都会にある天然ではない温泉だ。
「直哉さん、気を付けてください……!」
「グレンシア、日本の温泉で俺の事をわざわざ見る人なんていないから、大丈夫だよ」
俺は温泉施設の脱衣所で裸になった直哉さんを観察する。
普通の顔にえっろい体。程よい肉付きと薄っすらとついた筋肉、色白の肌がなかなかに色っぽい。
「……」
背後からアルの冷めた視線が……。でも、考えちゃうのは男として仕方がない。AV女優もエロい体なだけでなく、どこにでもいそうな普通の顔だからこそエロい訳で! 直哉さんにはある種の才能が!
「えーぶいとはなんだ」
「!」
アルテッドの言葉に直哉さんが反応をした。少し顔を赤らめて俯いてしまう。
おそらく自分が色目で見られたとは思っていないだろう。俺がアルに対してエロい事を考えているんじゃないかと思っている。その方が都合はいいのだから、問題ないな。
「隼人……!」
「いった!」
俺の浮気心を察知したアルは怒りを込めて俺の膝を蹴ってきた。
あっちの世界では浮気がバレたらディアド様に殺される状況下だったし、全然遊べなかったんだ。こっちの世界でくらい自由に遊びたい。
「……」
不満がありそうなアルは頬を膨らませて拗ねている。
俺はアルだけを愛しているんですよ。少し遊びたいと思っているだけで、浮気のうちにも入らないようなちょっとした下心です。
だから、安心して下さい。
「……」
アルは何も言わない。
遊び心に火がついた以上は背徳的な時間を楽しみたいじゃないですかー。わかっています、偽れないって。俺の欲望ごとバレるのだから、繕っても意味はないんです。
俺は最低でも、最愛の人なんですよね?
アルは目線を合わせて来ない。
「アル、大丈夫ですよ。俺の心はアルだけのものです」
――俺はあの夜を過ごすまで、本気でそう思っていた。
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