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第81話 今日から女装したメイドさんです!
仕事の契約がいつからとか話し合ってはいないけど、今日から家事をしよう。俺とグレンシアがお世話になっている訳だし、お礼もしたいからな。
俺は隼人さんに一言断ってから冷蔵庫を開けた。なんじゃこれはと、絶句する。
目の前の肉塊。おそらくステーキ肉だろうが、真っ赤な肉の塊が冷蔵庫で2段占領しているのは怖い。冷凍庫も開ければ肉塊の残りなのだと思われるステーキ肉が入っている。他に入っているものは、アルテッド用だと思われるケーキやアイスに大量のシュークリーム!
……この壊滅的な食生活を改善する事こそが俺の職務だと悟った。
俺もカップラーメンばっか食っていたから人の事は言えないけど、休みの日は料理をして野菜と魚を食べていた。ステーキ肉しか食べない隼人さんとお菓子しか食べないアルテッドよりかはまともな食生活だ。
「よし、まずは買い物からだな」
とはいえ、7時にならないと店は開かない。朝ご飯は諦めるしかないだろう。俺は仕方なく肉を取り出して調理を始めた。
炊いている米を待っている間に、肉をスライスする。多分これはどう切って焼いても美味しい肉だ。そこに技術は要らない。
ステーキ肉がフライパンの上でじゅわっと焼ける。レアで大丈夫かな。俺的にいい肉はレアで食いたいが。
「いい匂いだ……」
出来上がったステーキ肉を温めた鉄板のステーキ皿に載せる。
3人前のステーキをテーブルへ並べた。炊けた米を盛って棚にあったコンソメスープの素で汁物を添える。
「まあ、野菜もないし仕方ないか」
「食事の支度をして下さったんですか?」
「あ、隼人さん。グレンシアを起こしてきますね」
「ありがとうございます」
隼人さんはそう言いながら台所で冷蔵庫から炭酸水を取り出す。そうか、ステーキには炭酸水がセットなのか。雇い主の好みをチェックしつつ、部屋に向かった。
「グレンシア」
「……ん」
「起きないとキスするぞ」
「起きないので……してください」
グレンシアは微笑んで冗談を返すが、俺の姿を見て表情が凍った。
「直哉さん、その服は……」
「あ、ああ! そうだった……いや、着る服がないからさ。アルの服を借りたんだ」
ものは言いようだ! だが、そんな些細な言い方の差などでグレンシアが納得してくれる訳もなく、彼は俺の着ている服を忌々しそうに見る。隼人さんの元カノの服を着た俺が気に入らない。それは当然だ。
「ごめん、でも……あ! 朝ご飯が出来たから呼びに来たんだよ」
「……」
朝からめちゃくちゃ不機嫌になってしまったグレンシアを連れてダイニングテーブルへ。椅子に腰かけた隼人さんが炭酸水を飲みながらタブレットを操作している。俺たちに気付いた彼はタブレットをテーブルに置くとグレンシアへ「おはよう」と声を掛けた。が、グレンシアはガン無視。
「グレンシア、挨拶くらいしたらどうです?」
「……」
「反抗期ですか? 20歳なら仕方ないですね」
隼人さん! グレンシアをおちょくるのやめてくれ!
俺たちは椅子に座り食事を始めた。
すぐに食べないと冷めちゃうしな! ステーキは熱々が美味い。アルミホイルで寝かせる方法もあるけど、いい肉はそのまま熱々に限る。柔らかくて旨味があって、うーん! 最高だ!
グレンシアは俺の作った料理という事で少し機嫌を直してくれた。隼人さんも美味しそうに食べてくれているし、問題なさそうだな。
「グレンシア、今日のお昼は何食べたい?」
「直哉さんが作ってくれるものなら何でも」
「直哉さん?」
俺とグレンシアのやりとりに隼人さんが俺の名を呼び口を挟む。にっこりと微笑んだだけの雇い主に自分の立場を思い出した。
「隼人さんの食べたいメニューも作りますから!」
「では、冷しゃぶとそうめんでも頂きましょう」
「隼人さんお肉好きですね」
「ええ、まあ」
きゅうりとトマトを買って来て、冷やし中華みたくするかな。ゆで卵も作らないと。
「……」
……無言のグレンシアから嫉妬を感じる。とはいえ、グレンシアの事もあるし、俺はここで働くしかない。
それでも、よく考えてみると俺の全てが隼人さんの手の平の上だ。何を命令されても従うしか選択肢がないくらい、大切なものが人質に取られているんだよな。
人質と言う表現はよくないか……。そもそも隼人さんが悪いわけじゃない。グレンシアを守ってくれているだけなんだし、結果的にこの状態でも仕方がないんだ。
「うーん……しゅーくりーむ……」
どうやら彼は少し早起きをしたらしい。目を擦ってふらふらと歩くアルテッドは台所へ入った。
シュークリームを1個を咥えながら、両手いっぱいのシュークリームをテーブルへ置き、席に着く。そのままもふもふとシュークリームを食べ、寝て、食べ。を繰り返しながらうとうとと食事をしている。
相変わらず寝起き悪いけど、可愛い。
「うるさい、打たれたいのか……」
寝起き最悪だー……。
俺は可愛いと思っただけで殴られるのか。
「アル、口にクリームいっぱいついてますよ」
隼人さんはアルテッドにキスをしながら、クリームを軽く舐め取った。
「……ふん!」
「あ、アル!?」
アルテッドはなぜか隼人さんにシュークリームを投げつけた。袋に入ったシュークリームだから惨事にはならなかったが、食べ物を投げちゃだめだ。
でも、アルテッドの事だから理由があるんだろう。……いや、理由は明白か。俺が隼人さんの元カノの服で女装しているとか、アルテッドからしたら面白くないはずだ。
「ごめんな?」
「なぜ、直哉さんが謝るのですか?」
俺がアルテッドへ謝った事にグレンシアが反応してしまう。この流れでは勘繰られても仕方ないか!
「いや、俺がちゃんと今日の分の着替えも買わなかったのが悪いんだ」
「……」
なぜか、全員黙る。
隼人さんの口元だけが緩んでおり、グレンシアとアルテッドは不満がありそうな顔で俯く。
俺と隼人さんは友人だし、やきもち焼く要素なんて無いんだけどな。
「そう思っているのはお前が馬鹿だからだ! ばーか!」
「アル、いくらなんでも大人げが……貴族としての誇りを重んじるべきです」
アルテッドの発言を諫めるグレンシア。隼人さんは笑いが抑えられないようだ。
すごい子供みたいな罵りを受けた気がするんだけど!? アルテッド! 俺は隼人さんに恋心とか一切ないからな! グレンシアっていう最愛の人がいるのは、お前だってわかってるだろ!
「はあ……お前、私や殿下より年上のくせに……世間知らずで無知だな。そんなピュアで今までどうやって生きてきたんだ」
なんだよそれ! 喧嘩、売っているのか?
「隼人を誘惑しておきながら!」
「1ミリも! 隼人さんを誘惑した覚えなんて無いからな!」
「そんな服着ておいてよく言い切れたな……」
「こ、これは! 全裸よりいいし……他意は一切無い。隼人さんもアルテッドに着せるのとは意味が違うって分かっているだろうし」
「はあ? 男が興奮する服を着せるのに違いなんてある訳がないだろ!」
「なんだよ、アルテッドのばか!」
「2人とも落ち着いて下さい!」
子供の喧嘩状態の俺たちをグレンシアは必死に止め、隼人さんは楽しそうにアルテッドを見つめていた――。
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