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第83話 王子様わらしべ長者未遂事件
――『グレンシアSIDE』
直哉さんを幸せにするには、この世界を知る事からだろう。
私がこの世界で自立しないと、直哉さんのご家族に安心してもらえないし、直哉さんに苦労ばかり掛けてしまう。
……なによりも、隼人の好きにさせたくない。直哉さんの事は私が守るのだ!
街中を歩けば、飲食店から男性たちが楽しそうに会話をしながら出てきた。
「それでさー」
「このゲームが凄くエロくて」
? ゲーム……。私たちの世界が確かそういうものだったと記憶している。
えろいゲームとは?
こういう時は検索をすると良いと、隼人が言っていた。
タブレットで文字を入力する。言語が全く一緒なのには助かった。ちなみに、透明化のスキルは使用した際の持ち物にも効果がある。
透明化のスキルを使ってもらったし、理由を言わずとも直哉さんはこの外出を察している事だろう。
……いや、直哉さんは少し天然な所がある。可愛らしいが、危なっかしくもあるのだ。
「これは……えろい……エロティックであるという事を表す俗な表現。性的・官能的な様……つまり、性的なゲームというのがあるのでしょうか……? どうやら、いんたーねっとカフェという場所で、パソコンなるものを使えばえろいゲームが遊べるようですね。しかし、お金が……。隼人は現金をくれませんからね」
私が1人で外に出た事が隼人にバレると大変だし、お金を要求する事は難しい……。
「なんというか、困りましたね」
ぽとり。
目の前のおばあさんが財布を落とした。
「お財布を落としましたよ」
「ひっ!?」
「あ、ごめんなさいっ! 私が見えないんですよね!」
ついうっかり、財布を拾ってしまった。
おばあさんからしたら、自分の落としたお財布が浮いているようにしか見えないのだから恐怖だろう。何か言い訳をして安心させられないだろうか? そういえば、アルテッドは神様を名乗っていた。
「私はこの地域の神でグレンシアです。困っている人を助けるのも私の仕事なのです」
「か……神様? あ……はあ、お財布を、ありがとうございます……」
腰が引けながらもおばあさんは頷いて財布を受け取ってくれた。
「あ、ああ。これ、お礼のお賽銭に……神様が神社の神様なら1000円でよろしいでしょうかね? 白いお金がいいってぇ」
「? いえ、受け取れません。私はお金の為に行動したわけでは」
「お礼の気持ちですから、あ。みかんもどうぞぉ」
「あ、ありがとうございます。みかんだけ受け取らせて頂きます」
しかし、おばあさんは1000円を地面に置いて歩き出してしまった。さすがにこれでは受け取らない訳には。申し訳ないが、1000円を頂く事にした。
「みかんはすぐに食べて、皮を捨てないと、浮いたみかんが歩いていたら怖いでしょうし! もぐもぐ……お金はポケットに入れると透明化が適用されるようですね」
みかんの皮は公園のごみ箱へ失礼して……。
「うーん、いんたーねっとカフェは意外と高いですね。作戦変更です! えろいゲームは諦めましょう。よく考えるとこのお金をそんなものに使うのは良心が痛みます」
何かもっと尊い事に使うべきお金だ!
ぐううううっ!
「きゅうううん……」
「お腹を空かせた野良犬でしょうか? いえ、首輪をしていますね。飼い主とはぐれてさ迷っているのでしょうか? 可哀想に……」
「くーんくーん……」
「少し悪目立ちしますが、スーパーで餌を買って来てあげましょう。タブレットによるとドッグフードという餌が売っているようです。スーパーはせるふれじなる仕組みなので問題なく買って来られます!」
「はぐはぐ」
「よくわからず、200円の犬のおやつなるものを買いましたが、問題なさそうですね」
「わんわん!」
「元気になってよかったです。一緒にお家を探しましょう」
「……」
何やら私たちのやりとりを見ていた中年の男性がいたようで、手探りで私に触れて来る! くすぐったい!
「や、やめてください!」
「あんた何者だ?」
「ぐ、グレンシアという神でして!」
「その犬はうちの旦那様の愛犬でね。探してたんだよ。神様に世話させたんじゃお礼しないと! うちの旦那様はとても信心深い人なんだよ!」
「いえ、そんな! おやつをあげただけですし、何もしていないですから」
「神様をみつけて連れて帰らなかったって分かったら、クビにされてしまう! それくらい信心深いんだ!」
「あ……わ、わかりました。伺いましょう……」
と、とんでもない事に……。いや、情報収集ができるいい機会かもしれない。有り難く家にお邪魔しよう。
その家には既視感のある表札が掛けられている。
――城崎。
「隼人と同じ苗字ですね?」
「神様! 坊ちゃんをご存じで?」
「ぼっちゃん?」
「旦那様のお孫様が、隼人様ですっ」
「そ、それは何という偶然でしょう!」
しかし、隼人のご家族でも秘密は洩らせない。神様設定で何とか乗り切らなくては!
客間に通されて、迎えてくれた70歳くらいの老人は瞳が隼人と似ている。
冷静だが、情けも掛ける。愛情を抱いた者や、恩のある者に対しては優しい目をする。相手によってころころ変わるその瞳は彼らの知性の高さを窺わせ、嫌いではない。
上に立つ者としてそれは才能であるし、懐にさえ入れば信用ができるという事、厳しくもあるが善き人であるという証だ。
「はじめまして、私はこの地域の神。グレンシアです」
「……どこからともなく声が……私は、隼人の祖父、龍三と申します。孫がお世話になっているようで、まさか神様とうちの孫が知り合いだなんて驚いております」
「いえ、私の方がお世話になっているくらいですよ」
「神様、それだけでなくうちの愛犬まで助けて頂いたと、ありがとうございます」
「いえ、私は何もしていません」
がちゃり。
「……ああ、神様。私の妻です」
ドアを開けて現れたのは先程お財布を落としたおばあさん!
「先程、みかんを下さったおばあさんですね! とても美味しく頂きました」
「神様ぁ! うちのわんころまでお助け下さったと、ありがとうございます」
大変な偶然で、私を歓迎する宴が開かれる事に!
隼人を呼ぶとご当主が言い出し、私は怯えて……何も言えず。
隼人にバレたら、大変な事になる事情も話せない。仕方ない。受け入れよう……。
夕方、テーブルにご馳走が並んで私は少し嬉しくなっていたのだが。
「グレンシアっ!」
「隼人……」
「いえ、グレンシア様?」
宴に呼ばれた隼人は、怒りを抑えてにっこり笑う。怒っているが、祖父母の手前、私を神様扱いする必要がある。怒ったり呼び捨てにはできないのだろう。
「隼人、神様とどこで知り合ったのだ?」
「御爺様、それは神様の秘密というものですからっ!」
「そうか、ならば仕方ないな……」
隼人は私を早く家に連れて帰りたいらしい。まだ、情報収集をしたいのだが。
「神様、何か私たちにできる事はありませんかねぇ?」
隼人の御婆様……隼人のご家族だし、甘えてみてもいいかもしれない。
「仕事が欲しいのですが……」
「お仕事?」
「何かお金を稼ぐ仕事があれば嬉しいです」
「お金ならいくらでも! どうぞぉ」
「ち、ちがうのです。仕事をして、真っ当にお金を稼いでみたいのです!」
「はあ……神様の遊びか何かで?」
「ええ、まあ」
心配しているのだろう隼人の視線が痛いが、隼人のご家族ならばと……! 後で怒られるのはわかっているけれど……。
「では、神様に1つご相談が」
隼人の祖父は神妙な面持ちで、語りだす。
「昨日の報道ですが、若い女性の連続誘拐事件が、東京で起きているのです」
「!」
隼人が反応した。何か心当たりがあるのだろうか?
「おそらく捜査も始まったばかりでしょう。しかし、誘拐となると時間が経てば経つほど生存率は下がります。恩人の孫娘が昨晩から行方不明なのです。もしやと……。この事件を解決して下さいませんか? 神様……どうか恩人の孫娘の命をお助け下さい」
恩人とはいえ、他人の為に神へ祈るとはなんと信心深い人だ。隼人のご家族のお気持ちを汲んで差し上げたい。
「わかりました」
「神様!」
「ちょ、ちょっと、グレンシア様!?」
隼人の祖父は手を出し、五本指を立てる。
「報酬は5億円でいかがでしょうか!? 神様には少ないでしょうか……」
「い、いえ! むしろ、そんなに頂いてよいものかと……いくら恩人の孫娘とはいえ、なぜそこまで?」
「隼人には妹がいたのです」
「!」
隼人がこぶしを握り締めたのが分かった。祖父の言葉は過去形だ。つまり、隼人の妹は……。
「7歳の時です。誘拐にあったのは……。そのまま帰っては来ませんでした。死体だけが、骨となって1年後に……」
「5億円は要りません」
「は?」
私の言葉で周囲の空気が凍った。私が断るのだと思ったのかもしれない。だが、それは違う。
「必ず女性たちを取り戻し、事件を解決します」
私の宣言に隼人の瞳が揺れた。
「グレンシア……」
「隼人も仕事を休んで、一緒に妹さんの仇を取るのです」
「え……えええっ!? いや、犯人違うし、仕事は父からの依頼が断れな……」
「隼人、神様に協力しなさい!」
「えー……えええ……は、はい。頑張ります……」
さっそく私は隼人の祖父母宅を出て、周囲に探知魔法を展開させる。今まで、この世界に敵がいると思っていなかった。必要のないものだと思っていたが、私の力が隼人の役に立つのならば!
探知魔法を終えた私は一呼吸着いた。
「隼人……落ち着いて聞いて下さい」
「は、はい」
「ゴブリンがいます」
「っああ!? はああ!? いる? 俺の書いたプログラムじゃない? 一体何の力でこちらに……」
「隼人、武器を調達しましょう」
「そんなもんあるかああっ! 素手と魔法……スキル頼りで倒すしかないですって!」
「そういうものですか……行きますよ。強い種ではありません。私とエルドの戦闘力であれば倒せます」
「……だあああ! もう、見つからないように気を付けてくださいね!?」
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