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第84話 助けに行ってお兄ちゃんと呼ばれたかった

 ――『隼人SIDE』  生意気で気の強い妹だった。お嬢様気質で大人に対して失礼な言動をとっていた。それでも愛らしい見た目で誰からも怒られず、自由に振る舞っていたし反省ひとつしないお転婆な女の子だった。  俺の妹はジュリアと似ていて、無事に育てばこんなお姫様になっただろうと思えた。  ジュリアがお忍びで出掛けるのを知る度に仕事そっちのけで警護をしていた。いつの間にか俺の仕事は姫様の護衛第一で周知され彼女が嫁ぐ時には失恋したかのような扱いで困ったものだ。  妹の事は家族以外知らない。大人になった俺が真実を調べ上げた事は家族すら知らない……。  アルだけは黙って俺に寄り添ってくれた。  妹の事を一切口にせず、それでもアルだけはわかってくれている。  俺より俺をわかってくれる人、そんなアルが最愛の人にならない方がおかしい――。   「町はずれにある廃墟小学校がゴブリンの巣とは……不気味だ。平成の建物でしょう、腐敗はしていますが、まだ新しい」 「子供の学舎で凶行に及ぶとは、これがゴブリンの知性ならば許し難い事です……隼人、こちらの方から気配がします」  グレンシアと俺は廃墟の廊下を歩く、女性たちの気配が女子トイレから……。 「うわー……個室に1人ずつ……って事でしょうか……」  いくらエロゲー世界でもこの演出は悪趣味だ。俺なら依頼を受けない。流石に俺でもリョナやグロ、ホラーみたいなジャンルはごめんだ。ゴブリンは完全なファンタジーだし、そもそもここまで悪辣な内容じゃなかった。 「きゃあああああっ!」 「ギギギ!」  廊下の向こうから複数のゴブリンに担がれた女性が来る。 「あれは、女児ですか!?」 「いや、グレンシア、スーツ着てるし……」 「大人の、女性ですっ!」  グレンシアが女性に怒られたが俺の発言だと思われているだろう。女性にグレンシアの姿は見えていない。 「とりあえず」  女性の前で魔法を披露するわけにはいかない……。 「殴って何とかしましょう」 「え……」 「行きますよ、グレンシア」 「強化魔法……!」  グレンシアの強化魔法でゴブリンをバキッと殴った。  魔法のおかげで手はそこまで傷まないが、ゴブリンが鋭い爪で応戦をする。ガードできるものがないのだから、女性にバレない範囲でバリアを張るしかない。 「うわっ……」  直で殴って陥没したゴブリンの顔はホラーだ。殴った時の感触も最悪だった。  尻もちをついた女性が死体のゴブリンを恐ろしそうに眺めている。  普通の女性にはゴブリンが何かも分からないだろう。 「隼人、これで全てではない気がしますが……」  俺たちは最悪な感触を我慢しながら、ゴブリンを倒しきった。  他のゴブリンも気になるが、まずは女性の安全を確保する事が先決になりそうだ。 「グレンシアはトイレの中を見て来て下さい。私はあのお嬢さんについています」 「ええ」  俺が近付けば、警戒した女性は目を瞑る。 「あれ?」 「……?」 「林原のお嬢様では」 「あ……城崎さんの?」  今回の目的、祖父の恩人の孫娘だ。靴擦れ以外は無傷そうだな。俺は彼女を立たせると服の汚れを叩く。 「昨夜から行方不明と聞いていましたが」 「ずっと、怪物から逃げていたんです」 「それは、凄い体力ですね……」 「学生時代マラソン選手だったんで!」 「そうですかー……」  何はともあれ、死体か傷物を覚悟していただろうご家族からしたら、本当に5億円払っても惜しくはない成果だ。グレンシアは受け取らないだろうが……。 「あの、隼人さんでしたよね?」 「はい」 「彼女さんいるんですか!?」 「いや……私は」  結婚していると言い掛けて、こちらの世界では結婚していない事に気が付いた。嘘をついてお嬢様からの好意を断った事がバレるとまずい。 「隼人、女性を確認しました。やはり残りを倒して、警察とやらに任せるしかなさそうです。個室の女性の状態は酷いものでした……」 「そうですか……お嬢様、申し訳ありませんが。この後警察が来ますから、それまではここでお待ち下さい」 「あ、指輪! ごめんなさい……」 「いえ、結婚はしていませんから」 「え?」 「では、失礼致します」  グレンシアからの視線が痛い。グレンシアも意味は理解しているだろうが、それでもアルと結婚していると言わない事には不満がありそうだ。 「私の身分をご理解下さい、殿下」 「……わかっています」    嫌な事に、残ったゴブリンの気配は体育館からだった。中にゴブリンの姿はない。つまり――。  ダンッ! 「シャアアアアアッ」  上から降ってくるって事だ!  ぼわっ!  炎の魔法で体育館全体を照らす。天井に10体、壁に5体。 「お前らは虫か何かなのか!?」 「私はとにかく殴りますので、隼人は魔法で援護して下さい」  王子様の発言じゃないけど、武器が……。 「これ、廃墟名物、不良の金属バッドが!」 「血のようなものが付着していますが、この世界は意外と治安が悪いのでしょうか」 「いやペンキですよ、たぶん」 「ギギギギ」  すっぱーん! 「なんと脆い……ゴブリンの角に当たっただけで真っ2つとは……!」  そういえば。この世界の武器、こいつらには通じないかもしれない……。向こうの世界の武器は向こうの世界の金属で出来ていた。こっちにある金属では強度が足りない。 「はあ……面倒くさいから、この体育館ごと燃やしましょうか」 「隼人! 真面目に退治しないとダメです!」 「この数全部魔法で何とかするんですか!? MP回復アイテムとか無いんですよ!?」 「ですから、殴ります」 「あの、ぐしょって感触が嫌なんですけど」 「隼人はもっと真面目に妹さんの仇を討つべきです!」 「別に、気にしている訳では……。!?」  体育館の壇上の端に子供の姿が見えたような? 「グレンシア、ゴブリンを殴っておいて下さい。私は子供が居ないか確認して来ます」 「子供? ……わかりました」  朽ちかけたカーテンの裏で、小さな兄妹が震えている。兄は10歳くらい、妹は7歳くらい……。 「どうしてこんな所に?」 「いつも遊んでて……今日来たら、変なのが居て、帰れなくなって……」 「お兄ちゃんは正義の味方?」  怯える兄と、少し澄ました様子の妹に笑みがこぼれた。 「ああ、正義の味方だよ」 「よかったー!」  ――お兄ちゃん!    ……妹を救う力があればよかったと何度考えただろう? 「ギギギギ」 「っ!」  バキッ!  ぐしゃっとした感触くらい我慢しよう。  ドサーッ!  俺はゴブリンを殴って吹っ飛ばした。 「……怖い化け物はお兄さんが全部倒すから大丈夫だ」 「ワンパンチだ! これから変身するの?」 「お兄ちゃんは美少女戦士の仲間なの?」 「うーん? どうだろうね……」      子供たちには目を瞑っているように言って、とにかくゴブリンを殴り殺し1時間……。 「っは……。終わった……。よかった。」  俺は崩れ落ちた。1時間もゴブリン殴るとか正気の沙汰ではない。 「隼人、警察とやらを呼びましょう」 「……はい」  のっそりと立ち上がりスマホを取り出した。 「お兄ちゃあん! すごーい! ありがとう!」  俺の脚にさっきの女の子が抱き着く。  兄の方は透明なグレンシアを探しているようで、グレンシアの足音と追い掛けっこだ。 「……」 「助けてくれてありがとう!」    ――っ。      なんでもない日だった。今日も妹とおやつを食べる。ショートケーキの苺をあげよう。いつも我儘なのに、お礼にショートケーキの先端尖った所を一口くれる。優しい女の子。 『大きくなったらね。お兄ちゃんと結婚してあげてもいいわよ?』   『兄妹は結婚できないから別にいいよしてくれなくて』 『何よ! お兄ちゃんのばか! 後悔するんだからねっ!』  妹との最後の会話は一生忘れる事が出来ないだろう――。  余ったショートケーキ、食べに来ない妹。    過去を思い出せば、泣きそうな気持になって自分を見失いそうになる。  ああ、そうか。俺には取り戻せない心の傷があるのか。  俺は……妹を助けに行って、お兄ちゃんと呼ばれたかったんだ。そしていつものようにショートケーキを一緒に食べたかった。  妹の結婚式、スピーチで俺へのプロポーズをバラしてやろう。妹が選んだ新郎への牽制だ。なんて、夢を何度も見た。  ――大丈夫。俺はもう子供じゃない。大人だから、だから心配しないでくれ。      意識が目の前に戻ると、さっきの女の子が不思議そうに首を傾げて俺の服を引っ張っていた。 「お兄ちゃん! お兄ちゃんは魔法使い? ちっちゃな鬼と戦ってるの?」 「敵を全部倒すまでは、魔法使いかな」 「そういう契約なの?」 「そうだなー……モフモフしたマスコットのアルっていうケモ耳の――」      妹を助ける事はもう出来ない……。  ならば、同じような笑顔を守る為に――なんてな。  もし、あの世があって幽霊がいて、もし妹……ひまりに俺の気持ちが伝わるのなら思う事は1つ。  ひまりに起きた救いようのない悲劇を……俺が代わりに背負ってあげたい。お兄ちゃんが全部背負うから安心して、来世で幸せになってほしい。 『ありがとう』 「――っ!」 「隼人、どうしました?」 「いや……帰りましょう。ゴブリンを殴り過ぎて幻聴が聴こえました」 『お兄ちゃんも幸せになってね』 「……」  頭に響いた妹の声。  我が子であるグレンシアと子供たちの前なのに、涙が止まらない。  30歳手前の男が人前で情けないだろう。  本当に自分勝手で可愛い妹……。  だが。  おそらく、強く想い過ぎた故の幻聴だ。  それでも俺は、ひまりが救われたことを……願った――。

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