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第86話 寝坊したら怖いくらいに変わっていた件
「うーん……今何時だ?」
昨夜はグレンシアと愛し合い過ぎて、明け方まで起きていたから目覚ましは少し遅めに掛けたけど、なんで鳴らないんだ?
「うわっ! スマホの充電切れてるし……ひ、昼の11時!?」
俺とした事が……使用人のくせに寝坊しまくってしまった! 理由が明け方までえっちしてたからとか! ダメだろそれ普通に!
俺が慌てて部屋を飛び出しリビングへ向かうと、そこにはラップの掛けられた朝食が置かれている。白い平皿の上にオムレツとサラダ、個別包装のテーブルパンの積まれたおしゃれなカゴがテーブルの中央にある。コーンスープの素が空の器にアルミパックごと入って置かれていた。
「隼人さんが用意してくれたのかな……あの人ちゃんと野菜も食べるのか、しかも綺麗なオムレツ。料理も出来るとかすごい人って本当に底知れないな!」
「直哉さん、起きたんですね」
「は、隼人さん!」
ダイニングテーブルを眺めていたら、リビングへ入って来た隼人さんに話し掛けられた。
「申し訳ないです、寝坊してしまって……これは俺の仕事なのに」
「いえ、雇用は形だけです。私にとっては労力以上に直哉さんの力を借りたい。私たちの立場は対等ですよ」
「隼人さん……!」
「あと、これ」
隼人さんが高級ブランドのロゴが入ったショッピングバッグを俺に差し出した。
「何ですかこの超ハイブランドの袋は……」
「オーダーメイドはまだ時間が掛りますから、とりあえず適当な店で調達した服です。1着しか入っていないので、今日にでもご自宅から荷物を持って来て下さい」
俺は恐る恐る、服を取り出して開いてみた。
カジュアルなビジネススタイルでカッコいいシャツとズボン。わかりやすく言うと、仕事が出来そうなお金持ちに見える服装だ。これを着たら俺なんかでも一流の人間に見るかも? 馬子にも衣裳なのはわかっているけどさ!
「隼人さん、ありがとうございます!」
「それ、経費扱いなんで払うとか言わないで下さいね」
「さすがにこれ払える貯えがないですっ!」
俺は部屋で女物の服を脱いで、シャツに袖を通す。ズボンの丈までぴったりだ。向こうの世界で俺のサイズは把握済みなのだろう。
「直哉さん……その服」
ベッドから体を起こし、眠気眼でグレンシアが俺を見ている。
「この服、隼人さんがくれたんだ。朝食も作ってくれたから、一緒に食べよう」
「隼人が……? そうですか、それはよかったです」
グレンシアは嬉しそうに顔を綻ばせてから身支度を始めた。
「アル、愛していますよ」
「信じてやってもいい……」
リビングのソファーではアルテッドの膝枕で隼人さんが甘えている。隼人さんはすっかりエルドだった頃に戻ったようで俺は安堵した。
生クリームが入っているのだろうふわふわなオムレツを食べながら、これからの事を考える。
「ゴブリンと戦うなら武器がいるよなー……」
「そうですね。ですが、こちらの世界の素材はどうも脆いようです。家にある包丁やナイフで試しても簡単に折れてしまう強度でした」
うーん、こっちの世界で一番頑丈な武器ってなんだろう? 日本の武器と言えば――。
「はっ! 隼人さん!」
「どうしました?」
隼人さんは俺の声に驚いた様子だけどさ。だって仕方ない、中二病心がわくわくしちゃうんだよ!
「――日本刀はどうでしょう?」
「それは、カッコいいですねぇ!」
「もし可能なら、皆で訓練をしてみませんか?」
4人で隼人さんのご実家へ向かう事になった。歩いて15分くらいの高級住宅街にあるらしい。
「隼人さんの御爺様のご趣味が日本刀だなんて、さすがお金持ち……日本刀って高いんですよね?」
「実用にしている100万円程度の日本刀を貰うだけです。数百万から数千万円のコレクションは貴重な品が多く御爺様も手放してはくれないでしょうねえ」
「俺から提案しておいてあれなんですが、100万円の刀が真っ2つになったら怖ろしいんですけど……」
「まあ、グレンシア神のお導きとあらば、100万円の刀を1000本折ろうと許されるんじゃないですかねえ?」
「10億円!?」
寒気を感じながら、俺は目的地の豪邸を見上げる。日本の一等地に広い庭、日本のお屋敷という名が相応しい家屋……もう、お金持ちって何でもありだよ! ほいほい100万円の日本刀もらっていいんですか!? いや、世界平和の為ではあるけども!
「隼人、好きなだけ使いなさい」
家に上がらせてもらって、隼人さんから事情を聞いた御爺様は2つ返事だった。
さすがに異世界の事は伏せたが、オブラートに包み怪物と神様が戦っているという話をしたのだ。
「これで救われる人がいるのならば、どんな高価な刀も神様にお使い頂いて構いません」
「ご協力ありがとうございます。まずは安価な刀で構いませんので、試し斬りをさせては頂けませんか?」
グレンシアは庭で刀を持つ。神妙な空気が流れた。畳表を巻いたものが庭に立てられており、グレンシアは習った型の通りに刀を振りかぶる! 的を真っ2つに切断。ドサッと落ちた的に、御爺様が拍手をした。
「さすが神様! 日本刀の扱いが上級者……いや、有段者をも越えている!」
向こうの世界で剣を極めていたグレンシアからすると剣の種類と型が違うだけだ。こっちの世界での人知を超えた剣士……侍なのは間違いない。
「ふっ……!」
ここまでは平和な空気だったのだが、御爺様の顔色が変わる。
刀を手にした隼人さんがグレンシアにも引けを取らない腕前だったからだ。
「隼人……! いつの間に? どういう事だ? 隠れて鍛錬をしていたのか? なぜ家族に隠す?」
この平和な日本で、孫が知らない間にめちゃくちゃ強くなっていたら心配にもなるだろう。何か危険に巻き込まれていたんじゃないか? という思考になっても無理はない。
「御爺様……」
「隼人、お前は……」
「か、神様にご指導賜りました……」
「なるほど」
とりあえず神様のせいにしとけばこの御爺様は納得するのか……。グレンシア神様強いな!
第2の神様、アルテッドも見事な腕前を披露した。
俺はといえば、真剣に腰が引けてしまい御爺様も大変心配そうである。
「だ、大丈夫ですかな?」
「は、はい! 刀を持った事がなく」
「……それが一般的でしょうな!」
なんか一生懸命に心配とフォローをくれる御爺様に申し訳がない程、俺の脚は小鹿のようだ。
「直哉さん、木刀を持ってきましょうか?」
隼人さんが気を利かせて、持って来てくれた木刀を振る。が、説明を受けたとはいえ型も分からないし、握り方すら正しくできていない始末で、さすがに居た堪れない。
「いやあ、神様が人知を超えているだけで、決して筋は悪くないですよ。初心者にしては、上手く振れております」
隼人さんの御爺様めちゃくちゃいい人だっ!
「練習して、足手まといにはならないようにします……! もしご迷惑でなければ、これからもお庭をお借り出来ませんか?」
「ええ、いくらでも。神様と平和の為とあらば! 隼人、日本刀を扱えるようになるまで教えて差し上げるのがお前の務めだぞ。この方はどうやら……神様にとって必要な方なのだろう」
「はい、御爺様」
隼人さんの御爺様は優しい人だけど、観察眼というか直感がめちゃくちゃ優れている人なんだろうな。ちょっとビビりながら、俺は木刀で素振りの練習をした。
――腐敗臭が。
「今、ゴブリン居なかった?」
「ごぶりん……とは?」
俺の言葉に御爺様が反応してしまった。黙ってグレンシアが探知魔法を使う。
「近くの家が怪物に襲撃されていますね」
「それは一大事ではっ!?」
御爺様は慌てて警察を呼ぼうとするが、隼人さんはそれを止める。
「怪物は神様にしか倒せません。倒す前に警察を呼べば、被害者が増えてしまいます」
「……そうか」
俺たちは大急ぎで現場へ向かい、鍵の開いた玄関から住宅に突入すると日本刀を鞘から抜いた。俺だけ木刀である……。
使用人と思わしき男性の死体が廊下に転がっており、2階から物音がした。
「うああああんっ!」
3歳くらいの小さい男の子が廊下で泣いている。
「被害者はこの子の母君か!?」
アルテッドは心を読む力で、母親がどの部屋に居るかを当てて突っ込んだ。そのまま母親を拘束しているおぞましく腐敗したゴブリンを日本刀で切り裂く。
日本刀はゴブリンに対抗できる武器だった!
折れる事も無く、一筋でゴブリンを絶命させる事が出来る。それはあっちの世界においてもすごい事だ。
あっという間に3体のゴブリンは絶命して、パニックになっている女性が隼人さんに縋る。
「ああっ! あの緑の怪物はっ!? うちの子は無事ですか!?」
「大丈夫です。もう危険はありません……悪い夢を見ていたのでしょう」
「夢……?」
「今はそう思って落ち着いて下さい」
隼人さんから掛けられた気遣いの言葉で少し冷静になった母親は廊下に出ると我が子を抱きしめた。
「思っていたより、ゴブリンの被害は拡大しそうですね……」
隼人さんの言う通りだ。だが、ゴブリンは一体どこから湧いたんだ? あっちの世界でゴブリン共は倒したはずなのに……。こっちの世界で奴らが生まれた理由は分からない。
だが、どんな世界においても倒すしかないという事だけは知っている――。
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