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第88話 健気な可愛い少年がおったんだが

 話に聞いていた通り、生活保護受給者って感じの古い木造アパートだ。俺の住んでたとこも大差はないかもしれないけど、一応鉄筋コンクリートだったし、家賃7万円だからそこそこの住み心地だった。都会において家賃4万円ってなかなかに厳しい……。  ――ぴんぽーん!  チャイムを押して待つ、ジアンは転生者だと言っていた。つまりこちらの世界での容姿は大きく異なるのだろう。    モテない童貞だって話だったけど、太ったオッサンでも出てきたらどうリアクションすればいいんだ!?  それでも俺の従魔なのはわかっているけど、ちょっとどうしたらいいのかわからん! 「どちら様ですか?」  あれ? 女の子? 誘拐!?  インターホンの声の主は女の子だ。 「あーいや、俺は……直哉って言いまして、ジュリアさんを送り届けに来たんです」 「はにゃひはっ!?」  え? 大丈夫? 女の子が謎の奇声を……。ジアンお前犯罪者だったのか!? 犯罪行為だけはするなって、言ったのに! 出てきて証拠を押さえたら、警察に突き出すからな! これも主としての責任だっ!  ガチャ……。 「あ……ああ……」  なんか泣きそうな顔の女の子がドアを開けてくれた。ふわふわした部屋着が可愛くて、身長150㎝ないくらいのボブショートの童顔です! って主張しているような小動物的な子だ。普通に、か……可愛い。これではジアンが誘拐する気持ちも分かる。 「あるじぃいいいいい!」 「!?」  なぜか女の子は俺に抱き着いてきた。主ってどういう事だ!? 「君、名前は?」 「雪葉……国木田雪葉……」 「雪葉ちゃんはなんでここに?」 「? 住んでるし……」 「ここってジアン……男の人の家だよね?」 「あ! あるじ!」  雪葉ちゃんは俺を見て青ざめてふるふる震えている。 「我、男だし! ジアンだからなっ!」 「えええっ!? えー!?」  痛くない拳で俺をぽこすか殴るジアン。というかこれは完全に雪葉ちゃんだな。名前まで可愛い男の娘とか完璧な生物過ぎるだろう!  こほん……だからって従魔に邪な気持ちを持つような男ではないぞ俺はっ!    ――ああっ! 涙目の上目遣いが可愛いっ! 痛くない拳が可愛いっ! 「あるじぃ……」  きゃわいいー! あーもう、ちっちゃくて拗ねてるお口が――! 「いったー!」  アルテッドに後頭部を引っ叩かれた。 「この変態ショタコン野郎がっ! 気持ち悪い!」 「いや、小動物を愛でる気持ちでだぞ!」  お、俺は……グレンシアのドン引きした顔を初めて見た。なんか、すみませんでした……。反省、しております……。だから、引かないでええぇぇっ!?  最愛の人に距離を取られながら、俺は雪葉ちゃんを連れて行く事にした。秘密を守る事と、身の安全を考えればジュリアも一緒に隼人さんの住んでるマンションに住まわせるしかない。  寝室にできそうな部屋は3部屋。部屋割りは隼人さんとアル、グレンシアとジュリア、俺と雪葉ちゃん。いくら雪葉ちゃんが可愛い男の娘だと言っても、女の子であるジュリアを家族でもない男性と一緒の部屋には出来ないからな。  ジュリアは一人部屋を欲しがると思っていたんだけど「私はお兄様と同じ部屋がいいわ!」って真っ先に主張したんだよな。俺や雪葉ちゃんが嫌すぎるのか、お兄ちゃんが大好きなのかはわからない。後者だったらちょっと心配なんだけど!?  腐女子な上に、ブラコンなのかな……。なかなかに濃い性癖を持っていそうな女の子だ。グレンシアの貞操が心配になるんだが!? 大丈夫!? ぐ、グレンシア……!  ぷい。  ああっ!? グレンシアと視線を合わせようとしたらそっぽ向かれた!? そこまでドン引きする案件だったのか!? 「主ぃ、どうした? なぜ落ち込んでいる。我が手を繋いでやるから元気を出すのだ!」 「雪葉ちゃん、ありがとうなー……」 「ジュリア様、こちらの一室が私の住まいでございます。6人で住みますから、手狭で不便かもしれませんがご容赦下さい」 「いいわ! ジアンの家の100倍は期待できそうね!」  隼人さんの説明でマンションの外観を見上げるジュリアのテンションは上がっていた。  ジュリアは玄関に入って靴を放り投げると、リビングまで掛け出す。 「こら、ジュリア! お行儀が悪すぎます! いくらなんでも姫としての態度ではありません!」  怒っているグレンシアを無視して、ソファーで寛ぐジュリアは楽しそうだ。 「お兄様、ジュース持って来てぇー」 「ジュリア……」  諦めたグレンシアは、冷蔵庫からアル用の甘ったるいりんごジュースを注いだコップを持って来る。 「お兄様、なにかお話して?」 「……仕方ないですね」  嫁いでしまったジュリアと再会して、一緒に暮らせるのだ。怒ってはいても本音を言えば嬉しいのだろうな。俺は微笑ましい気持ちで眺めていた。  隣に立つ、隼人さんも同じ気持ちなのか。自由に振舞うジュリアを見て嬉しそうにしている。でもその表情は少し悲しげにも見えた。きっと俺の知らない事情があって、隼人さんにとってジュリアを見守り幸せにする事にはすごく意味があるんだろうな――。     「あるじぃ、主っ! 我の荷物を部屋に置いていいか?」 「いいぞ」  雪葉ちゃんと暮らす部屋で荷解きを手伝う事にした俺は、彼の手提げを広げた。  なんか、小さくて可愛くてふわふわした物ばかりだ。いい香りするし、可愛い。女子力が、高いな! 「雪葉ちゃんは生活保護を受けていたんだよな?」 「ああ、親に家を追い出されて市役所に行ったら生活保護をすすめられた。とにかく売春行為や神待ちをするなって厳しく言われてな。すごく世話好きな人が担当してくれたんだ」  こんな可愛い子に住む場所がないってなったら誰でも同じ心配をするよなあ。 「雪葉ちゃん何歳なんだ?」 「18歳だ」  うわあああ、可愛い!? 本当に俺は鋼の心を持たなければ、従魔に対してよからぬ事を考えそうだ!  男として、理性は持っているからな! 大丈夫なんだけど、妄想した時点でアウトだ。全てアルテッドに筒抜けとなり、グレンシアにドン引かれてしまう! 「は……」  これは、パンツ……いや、たぶん部屋着のふわふわパジャマ的なショートパンツだろう。俺には違いがよく分からないが、なぜ男のパンツなのにこんなに可愛いと思えるのだろうか!?  こっちのタンクトップも雪葉ちゃんの持ち物と言うだけで、なんか可愛く見える。ごく普通の白いタンクトップなんだけどなあ! うわあー……俺、気持ち悪すぎて自分で引くよ!?  18歳の下着で興奮する25歳とかただの犯罪者! 成人引き下がったから、犯罪者ではないのかもだけど実質的な犯罪者だな……。  これでお小遣いあげ出したらキモさ100倍だから、金銭的援助は隼人さんに頼もう。俺はただの主。いや、空気! 壁! ただ、雪葉ちゃんを見守っているだけ! うん、やっぱ気持ち悪いな俺! 「……」 「どうした? 雪葉ちゃん……」 「我は、ここに住まわせてもらうお礼が出来ない……」 「別にそんなの要らないよ、俺の従魔なんだし、連れてきたのは俺だしさ」 「で、でもっ! 我に出来る事はないか!?」 「は、隼人さんへ訊きに行こうか!」  童貞の俺では変な妄想をしちゃうが、隼人さんなら大丈夫だろう。 「お礼……ですかー……」  隼人さんを含め皆でリビングに集まって雪葉ちゃんの話を聞いている。しかし、困った様子の隼人さんは唸るばかりだ。  話し合いの結果、各々自分の事をして、残りの家事も分担するのが当然だという結論になった。雪葉ちゃんにお世話してもらう必要を感じる人がいない。家事以外に何か必要な仕事とは? という無理難題に隼人さんが困り果てているのだ。  あっちの世界で「自分は誰からも必要とされない」と嘆いていたジアンだったし、雪葉ちゃんは自分にできる事がないと思って泣きそうだ。それを察して、隼人さんはめちゃくちゃ真剣に考えてくれている。   「うーん……カウンセラー……とかぁ……」  隼人さんが、やっとひねり出した案だった。 「カウンセラー? って、資格の無い我に出来るのか?」 「いや、難しく考えなくてもいいんです。人の話をただ傍聴したり、話し相手になったり、暇つぶしの相手をする、という仕事ですから。家の中なら気楽に働けますし、資格の有無なんて関係ありませんよ」 「我、カウンセラーになるっ!」 「よかったな。雪葉ちゃん」 「主の話も聞くぞっ、我に任せるのだ!」  な、なんか可愛い癒しペットみたいな子が誕生してしまったな……。

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