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第90話 お姫様にしてくれる貴方が好きよ①

 ――『ジュリアSIDE』 「エルド、脚を揉んで頂戴」  私はリビングのソファーで脚を伸ばして、彼に要求をする。別に脚が疲れた訳じゃない。 「かしこまりました」  私の言う事を何でも聞いてくれる彼に命令がしたいだけ。  私の肌に触れたっていやらしい目的を持たない。容姿や能力に恵まれた男性がただ純粋に心底尽くしてくれる。それって女性としてはとても嬉しい事でしょ?  私はエルドに尽くされると優越感に浸れるの。私と彼はそれぞれ別の人と結婚した訳だし、もう尽くしてもらえるとは思っていなかった。  それなのに命令し放題って楽しいっ! 「エルド、私を持ち上げて?」 「……」  少し不満はありそうにしても、言う事を聞いてくれる。  お姫様抱っこで「どちらへ行きますか?」って、私は嬉しくって仕方ないの! 「直哉の部屋!」 「今はグレンシア様とご一緒ですし、邪魔をするのは……」 「だからこそ、覗きよ!」 「……」  ――私は理由を知らない。  貴方がなぜ私にここまで尽くしてくれるのか。  どうして妹を見つめるみたいに優しい目をしてくれるのか。  その理由が分からない。  でも、これが好きとかじゃないって知ってる。 「エルド……」 「はい」 「私の事好き?」 「いいえ、全く」 「なんで、これだけは即答断言なの?」 「大切な方だからですよ」 「もう……意味わかんない」 「好きにはなりません、ただ世界で一番大切な女性です」    ――私は好きよ。  でもこれは女性なら誰でも感じる感情なの。特別な人だからじゃないの。  でも。  やっぱり、私は女性だからね。憧れるの。絶対振り向かない優しい騎士が、私を攫ってくれないかしらって、夢を見てしまうのよね。  ただのロマンスだって、恋愛感情じゃないって知っているのに。 「エルド」 「はい」 「呼んでみただけよ……」      今日も貴方の優しい目に恋をする――。    ――『隼人SIDE』   「ジュリア……?」  ジュリアには追跡魔法を掛けている。  俺から離れても居場所が分かるので、彼女がマンションを出た事が分かった。 「どの世界に居てもお忍びで外出する癖のある困ったお姫様だ……」  俺は仕事を中断して家を出るが、ジュリアの行動が止まった場所に冷や汗をかいて頭を抱えるしかない。 「そこ、有名な禁足地ですよ……ジュリア様!?」  彼女は神社の禁足地とされている森でお散歩でもする気のようだ。  怒られますよ!?  禁足地とは神域であったり、神隠し、ガス漏れなど、なんらかの事情や危険があるとされている土地の事だ。普通の人間は怖れて近付かない。一応神社の禁足地だし、物理的な危険はないだろうが……。  いや、俺自身があの世界に行く事で神隠しにあったようなものだ。あの世界を再構築できない事と合わせて、俺は人知を超えた畏怖の存在を感じ始めている。本当に神様がいたとしたら――。  すぐにジュリアを迎えに行かなくては。例え神様に不敬であったとしても、禁足地に入ってジュリアを連れ戻す。  いざ、向き合う禁足地は……一見ごく普通の林に見えるが神々しいというか、静かで神秘的な……少し不気味さを感じる場所だった。  神様に謝罪を込め一礼し、俺は禁足地へ足を踏み入れた。 「ジュリア様はそこまで奥には入っていないな……」  すぐに追い付けそうだ。  だが、おかしい。先程から景色が変わらない。どんなに進んでもジュリアに近付いていないと、魔法の力で分かった。普通の人間なら、進んでいないと気付くまで時間が掛っただろう。  私は高い木に登って周囲を見回す事にした。  そこからジュリアの元まで高くジャンプをする。 「きゃあっ!? え、エルド!?」 「ジュリア様! 勝手に居なくならないで下さいっていつも言っているでしょう!」 「だってー」 「ここが神隠しの森だって分かっているんですか!?」 「ネットで検索したら面白そうだったんだもの」 「姫として、神域を侵すなど!」 「ここって神域なの? 心霊スポットじゃなくて?」  私は再び頭を抱えた。どちらにせよ行かない方がいい場所なのだと後でお説教をしなくては! 「ジュリア様っ!」  何か気配を感じて、私はジュリアをお姫様抱っこした。  絶対に離さない。絶対に守る。 「ジュリア様、ご安心ください」 「何か、森の様子が変ね……」 「大丈夫、必ずお守りします」  正直言うとこういう系統は辛いし恐ろしい。子どもの頃から祖父母の影響で神道を信仰していたし、神様に対する畏敬の念を持って生きて来た。神域を侵して、神様に無礼な行為をするなど私の価値観からすると耐え難い。  そして、私は震えている。どんなに進んでも出口が見えない。広い敷地ではないのにだ……。   「どうか、お怒りにならないで下さい。ジュリア様は、まだ子供なのです……」 「エルド、大丈夫?」 「! いえ」  もう、神様の存在がほぼ確定した状況で私は少し涙目になっていた。男として情けないが、さすがに人知を超えた存在を怒らせたのだ、恐ろしい。なにより、このままではジュリアを守れない。焦りと不安が私を震わせていた。 「ごめんなさい……」 「ジュリア様?」 「エルドが震えてるの……私のせいよね。ここから出られないんでしょ? 私のせいで……本当にごめんなさい……」  ジュリアの涙に俺は下唇を噛んだ。こんなに不安にさせているのは俺が不甲斐ないせいだと。  !?  空気が変わった? 目の前に綺麗な日差しが差した。木陰を映し、日向がまっすぐ伸びていく。  俺はその日差しを目印に進んだ。子供が泣きながら謝っているのだから、もしかしたら神様は許して下さったのかもしれない。神道の神様はとても優しい。きっと子供の味方だ。 「外に出た……! ジュリア様もう大丈夫ですよ!」 「よかった! もう、私。禁足地に入らないわ!」    とはいえ、出口に立っていた笑顔の神主さんに、めちゃくちゃ怒られました。

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