93 / 105

第93話 遊園地のトイレって都市伝説!?

 ――びっくーん! 「大丈夫か? アル、さっきからなんでビビっているんだ?」  びくっと体を震わせるアルに疑問を持った俺は、首を傾げる。朝早くグリーン車に乗って遊園地まで移動しているのだが、有名な心霊公園の近くを電車が通った辺りから彼の様子がおかしくなった。 「直哉お前、頭から手が生えているぞ」 「!? そ、そういう冗談はやめてくれよ!」 「……」  真剣な表情で頭の上を見て来るアルに背筋がゾクッとした俺は視線を向け、隼人さんに助けを求めた。 「ブイさんは縁起もいいですし、お気になさらなくても!」 「は、隼人さん。なんですか、ブイさんって!?」 「体の部位だけだからブイさんって呼ぶらしいですよ。悪さはしないし、幸運を呼ぶと言われています」 「……ぐ、グレンシア!」  俺は縋るような思いでグレンシアに助けを求めるが。 「直哉さん、大丈夫です。私はレイスでも倒せます」  そういう問題じゃないんだけどな! いや、心強いのか!? 「きっと見えないから怖いんです。私はモンスターを可視化する魔法を使えますから、今掛けますね!」 「えええ!? ぐ、グレンシア!?」  俺は頭の上に触れた。なんか生えてる……。ぶにっとした……手? ぼとっ! うにょ! 頭から膝の上に落ちて来た。  て……手が。 「ぎゃあああああっ!?」   「ちょ!? 周囲の迷惑になりますから落ち着いて! ただの手ですから!」 「いや、絶対に落ちてきてはいけないモノでしょうがあああ!?」  俺が隼人さんに半泣きで怒りをぶつけると、手は俺の膝の上でぐっと親指を立てた。指を動かし、ピースしたり、キツネにしてみたり、一生懸命に俺の警戒を解こうとする様子に可愛らしさを感じる。 「う……わ、わかったよ。もう怖がらない」  手は親指をぐっと立てて、無邪気に飛び跳ねた。    俺は鞄からひょこっと顔を出す手を連れて、電車から降りた。目的地の駅は風が気持ちいい。ホテルに荷物を預けて、俺たちは遊園地のゲートをくぐった。 「よし、直哉さん。私にも透明化をかけてくれません?」 「え、隼人さんに?」   「背徳感ですよー」  嫌な予感しかしない! こんな場所で透明になってアルとえっちな事でもしようというのかこの人!? 「冗談です、直哉さんも透明になって下さい」 「?」 「都市伝説の舞台が女子トイレなんですよ」 「は、入るんですか?」 「行方不明者が出る原因を突き止める為です」 「それはそうですけど」  それもう完全に犯罪者じゃん!?  女子トイレに入る正義の味方って、悲しいくらいにカッコ悪いよ!?  仕方なく透明化した俺たちは、女子トイレに向かう。この遊園地の女子トイレは5か所ある。3か所回って、当たりは無かった。残り2か所だ。  次は一番噂が濃いとされる女子トイレ、別に子供が使っても普通に外へ出られるし、脅威がありそうには思えないが。 「ここだな」  アルが平静に言ってのけた。俺の鞄から手のお化けハンドさんが飛び出してきて、3番目の個室の壁にびゅんと張り付いた。 「この壁、通過魔法が掛けられている。ここから外に出られるぞ」  アルの言う通り、壁を通過して外に出られる。ただ、子供サイズだ。大人も頑張れば通れるだろうが、男が通るには小さい。ゴブリンが強引に小柄な女性を連れ出す事は出来る……か。  もし、子供の夢が詰まった遊園地という場所で母親を誘拐されたら子供はどれだけ辛いか……! 残酷さに胸が締め付けられた。 「トイレが混んできましたし、怪しまれる前に一旦出ましょう」  隼人さんの言葉で俺たちは外に出ると、遊園地からの脱出経路を探す。  ゴブリン共がトイレから攫った女性を連れて、遊園地を出る為の出入口がどこかにあるはずだ。 「あれ、ハンドさん?」  俺の鞄から抜け出したハンドさんがぴょんぴょん跳ねて柵を通過する。  俺たちもしゃがむようにすれば柵を通る事が出来た。ハンドさんにお礼を言う間もなく、彼はぴょんぴょんと跳ね続け俺たちを案内しているかのように道を進んでいく。 「ハンドさん、どこに行くんだよー」 「……心霊スポットですかねぇ」 「隼人さん、怖い事言わないで下さい!」 「冗談抜きで、件の行方不明者が出ている心霊スポットへ向かっています」 「……ぎゃあああっ……」  俺は震え上がっている。ハンドさんが俺たちをいざなう理由は分からない。  案内してどうする気なんだ!? 俺たちにとってはゴブリン討伐が目的だ。  でも、万が一行方不明の原因がゴブリンじゃなかったらどうするんだよぉおおおお!? 「アル?」 「……」  グレンシアがアルテッドを心配そうに見ている。アルも怖いのかなー? 心が読めるアルは、幽霊も見えたりするのかもしれない。  幽霊の心まで分かるなら、少なくとも存在を感じ取れるはずだ。ハンドさんは俺以外には見えていたみたいだったけど。 「……怒っている」 「へ? アルテッドが? ごめん俺なんかした?」 「私ではない。ゴブリンは人間を恐れないのだ、幽霊を恐れる訳がない」 「ど、どういう意味だ……」 「住処を追い出され怒った者たちがそこら中に居る」 「……お、おおっ!?」 「ゴブリンを退治するだけで怒りが収まれば良いのだがな……」  ゴブリン倒しても俺たち無事じゃ済まないの!? 「わからない。しかし、神に近い者もいる。この方々は畏怖の存在だ」  そこで、隼人さんが不安な俺の肩を抱いてくる。 「大丈夫、日本の神様は優しいですし、幽霊は悪ではありません。人間同士と同じで、無礼を働かなければ責めを負う事もありませんよ」  パシンッ!  グレンシアが俺の肩から隼人さんの手を叩くように払いのけ彼を睨んだ。 「グレンシアの嫉妬の方が、リアルに怖いですからねえ」 「ああ、人間が一番恐ろしいというからな」  お道化た隼人さんに冷静過ぎるアルテッドのコメント。  俺は笑いそうになったが、グレンシアが辛そうな顔をしているので我慢した。  そんなこんなで、ついに心霊スポットの雑木林へ来た。 「遮音結界だな、ここの敷地は広くない。おそらく中がゴブリン共の巣だ。踏み込んだらすぐに戦闘が始まるぞ」  アルの言葉を受けて、日本刀が抜かれた。俺も木刀を握り締める。ハンドさんは俺の頭に載った。 「中に入ったら、状況次第で私から指示を出します……突撃開始」  隼人さんが口にした小声の号令で俺たちは敷地に踏み込んだ。    中では裸体の女性が虫の息で倒れている。積まれた裸体は死体の山だ……。ゲームの世界はこうじゃなかった。女性は苗床としてだが、もっと大切に扱われていた。  この世界のゴブリンは女性を使い捨てにするのだ。被害が放置されれば短期間でたくさんの命が失われる。俺は恐ろしくて固まっていた。 「アルは直哉さんの護衛を、殿下と私でゴブリンを討伐します」  強い種ではない。日本刀があるから、スキルを使うまでも無く討伐できる。……はずだった。  1匹のゴブリンが黒い靄に取りつかれる。そのゴブリンはぼこぼこと皮膚が盛り上がり、3メートルはあるだろう巨大な怪物になったのだ……! 「あれってなんだ? アル」 「……怨念だ」 「じょ、女性たちの……?」 「この死体の数だ。もう何が起きてもおかしくはない」 「俺たちは助けに来たのに!」 「助けられなかっただろうが」  ! それは、そうだ……。遅すぎた俺たちが怒られるのは無理もない。なんでもっと早く助けてくれなかったのって悲しみを向けられるのは仕方がない事だ。それでも、俺たちにだって不可能な事がある。けど。 「回復魔法……アルも、一緒に、まだ息のある女性へ使ってくれ」 「ああ……」  シュバッ!  緑の血しぶきが舞う。怪物に斬り込んだのだ。グレンシアと隼人さんはどんどん怪物を切り刻んでいく。が、その間聞こえる苦しむ女性の声に俺は体が芯まで冷えた。生きている女性の声ではないかもしれないという恐怖が頭を過る。  ズサンッ! 怪物が倒れた。この世界のゴブリンは死体が残るようだ。この怪物も警察が発見するはず。国の上層部はこれで決定的にパニック状態かもしれない……。      凄く残念な事だけど、俺たちが救えた命は10人。死体の山は数える事が困難だった。回復した女性も意識は覚束ない。怪物を倒した俺たちは救急車と警察を呼んで、早々に立ち去った。 「……」  帰りは皆、無言だった。ただ、とぼとぼ歩いて、俯きながらホテルへ向かっていた。 「せっかくだから遊園地で遊ぼうよ」 「だ、誰!?」  急に聞こえた第三者の声に俺はビビり散らかす。 「……だ、誰? 誰なんだ!?」 「誰だか知りませんけどー、お前ら元気出せって言ってるんじゃないですかねえ!」  気付けばハンドさんがいなくなっている。さっきの雑木林に残ったのか? それとも……。 「遊園地で遊ぼうか?」 「そんな気分になれるか馬鹿!」  俺の言葉を否定するアルの意見もよくわかるが、でも。 「ハンドさんがお別れにくれた言葉だと思うんだ、さっきの」 「……」  ハンドさんなりの、ありがとうって意味だったような気がするんだよ。 「っ……はあ、仕方がないな。気持ちを切り替えてやろう」  つんと澄ましたアルは、笑顔になると遊園地まで走りだす。俺も追いかけて走った。  さっきまで冷えたように寒かった体が、温かくなった気がした――。

ともだちにシェアしよう!