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山賊の女房 3.応報

「あっしがいたのは、柳楽屋(なぎらや)ってえ酒屋でさ」  木蔭の光の豹紋にまみれ、喜々須(きぎす)はにこにこといった。この数日、たらふく食べたおかげで、まともな見てくれになってきた。小屋の裏手、山賊どもは首を突きあわせていた。喜々須は枝で地べたをひっかく。間取図だ。 「これが小町(こまち)(たな)。間口四(けん)、奥行三(けん)。人は二階で寝起きしやす。亭主と女房と、下郎が五人。これが酒室(さかむろ)。間口四(けん)、奥行六(けん)ってとこでしょうか。冬に仕込んだ酒甕が、ざっと九十、秋には飲み頃だ」 「九十も運べねえだろ」  夷虎(いとら)がいった。百舌(もず)のあきれ声。 「おめえは酒池肉林でもしようってか? (とお)もありゃたくさんだ」  牙良(げら)がばか笑いした。銀鴟(ぎんじ)がいう。 「いっぺん下見に行かにゃなんねえな」 「そうですね。けど、あっしは面が割れてるんで」  喜々須は一同を見まわす。銀鴟は尋ねる。 「おめえは誰が行けばいいと思う」 「銀鴟のお頭と百舌の兄ぃは目立ちすぎる。夷虎の兄ぃは……」喜々須は困り顔。「まあ、アレです」 「アレたぁなんだ」  夷虎は嚙みついた。十一は頭を指差す。 「ここがたりねえ、といいてえんだろ」  あゞ? と夷虎が睨んだ。喜々須はいう。 「(たな)を下見に行くなら牙良の兄ぃと、十一の兄ぃが適当でしょう。牙良の兄ぃは大工あがりだから建物(たてモン)に強そうだし、十一の兄ぃはまともに見える」  銀鴟は百舌に頷いた。使えるやつだ、と。喜々須がいう。 「この女房が見栄っぱりで、衣に草履に(かんざし)にと、とにかく金を食う。亭主もばくち狂いで、借財をごまんとかかえてる。銭をちらつかせりゃ、いうこときくでしょうよ。ところで、いざ柳楽屋を襲うとなったら、(たな)の者はどうしやす」 「朝まで気づかれねえのが一番だが、気づいて騒ぐなら殺す」  銀鴟はいった。喜々須はにこにこする。 「できたら皆殺しがいい。それがだめなら、亭主と女房だけ殺すんでもいい。殺すのは、あっしがやりやす」 「機会があればな。勝手はするな」  銀鴟は笑わない目で釘を刺した。牙良がいう。 「下見はいいとして、盗みの当日はどうする。六人で行ったら、誰がお日羽を見てるんだ」  夷虎がいう。「おれが残ろう」 「だめだ」  銀鴟と十一が同時にいった。十一はいう。 「おめえはみだりがわしいことしやがるからだめだ」 「十一、おめえもだ。また妙な気を起こされちゃ困る」  銀鴟がいった。天翰をおぶって寺に行こうとした件のことだろう。喜々須がいう。 「いっそ、つれていっては?」 「それもだめだ」  十一はいった。天翰に悪事の片棒など担がせるもんか。 「ひとりで留守番させりゃいい。おい、お日羽」  銀鴟が呼ばった。小屋から天翰が転げでた。夕餉の支度をしていたのか襷掛(たすきが)けで、手に里芋の皮がついている。 「近えうちに、おれらは留守にする。逃げようなどとゆめゆめ考えるなよ。おめえがいなくなったら、そのときは十一が死ぬ」  天翰の澄んだ目の奥を、さまざまな情念が流れたかに思った。こいつを地獄に引きずりこんだのは、おれだ。たとえ天翰が逃げて、銀鴟に殺されるとしても文句はいえねえ。  ふたりきりになったとき、天翰はささやいた。 「待ってろと、なぜいわぬのだ」 「おれがいえた義理じゃねえや」  天翰は涙を溜めて、十一の衿をつかんだ。 「私が待たぬと思うのか」  こつん、と額を肩に乗せてくる。きゅうっと胸が攣れて十一は、天翰の鬘に頬を寄せる。  町に来るのは久しぶりだった。牙良のあとについて歩きながら十一は、小町大路(おおじ)のにぎわしい市を眺めた。大路の両脇に茅葺(かやぶき)(ひさし)がつらなり、老若男女が物を売りさばく。青物や根菜、鳥獣や魚介、反物や履物。売物の牛が尾をゆったりと振り、人足の父子(おやこ)が荷車を()いていき、隙を縫うように町人の子らが遊ぶ。娑婆(しゃば)だ、と十一は思う。 「よそ見するな。牛の(くそ)ふんじまうぞ」  牙良はいって、ひとりで笑った。以前、実際に踏んづけたことがあった。十一はむっと口を結んで、少し先の地べたを見つつ足を動かす。  町はずれの柳楽屋は、こぎれいな白漆喰(しろしっくい)土倉(どそう)だった。水晶の屑でも混ぜてあるのか、漆喰壁がきらきらする。人がひっきりなしに出入りしている。酒を(あがな)う客、空の甕を運びだす下郎、御用聞きに来る商人(あきんど)。表手で様子をうかがったのち、十一たちは藍の暖簾(のれん)を分けた。喜々須のいったとおり、間口四(けん)、奥行三(けん)というところだった。座敷の奥に階段が見えた。烏帽子に小袖の若い男が揉み手する。 「へい、ご用でっしゃろか」  牙良は満貫(まんがん)銭差(ぜにさし)を振って、銚子を突きだした。 「ここで一等うめえ酒をくんな。ほんとにうまけりゃ、次は甕ごと買おう」 「ほ、甕ごとどすか」  亭主の吉蔵(きちぞう)であると男は名乗り、その場にあるだけの甕をひとつ一つ味見させた。 「同じ米、同じ甕で同じように仕込んでも、このとおり、まったく同じ味にゃならしまへん。酒は生きモンやさかい」 「たしかに。土倉の酒も見せてくれ」  吉蔵は細い目を(みひら)いた。「おそれながら、あそこの出入は(たな)の者に限っとりまして」 「おれはここで一等うまい酒がほしいといったんだ。うまけりゃ、いくつでも甕を買ってやる。それとは別に礼もはずむが」  牙良は満貫の銭を振った。吉蔵の目に欲の色。むこうで客を相手する女房をうかがい、揉み手して声をひそめる。 「しゃあないどすな。どうかご内密に」  女狐(めぎつね)みたいな男だ、と十一は思った。 「いや、うまかった。いい気持ちだぜ」  帰りの大路、満々たる銚子をゆらして牙良は笑った。十一はいう。 「おれが来るまでもなかったですね」 「そうでもねえさ。その場を知ってると知らねえとじゃ、心構えがちげえ。十一、場数を踏め。ああ見えて銀鴟は、おめえを買ってんだぜ。ありゃ、でかく育つ、ってな」  お頭が? 十一はつんのめりかけた。牙良が目をむく。 「どうした、(くそ)ふんだか」 「ちげえ。草鞋(わらじ)が」  十一は右足をあげた。草鞋の鼻緒がもげていた。  市の商人(あきんど)から、草鞋を六文で(あがな)った。見世台(みせだい)にならんだ草履、下駄、板金剛(いたこんごう)。小ぶりな草履に目が留まる。天翰の足に合いそうだ。草色の鼻緒のそれに、十一は三十文を払った。  牙良は苦虫を嚙み潰した顔。「やめとけ、やめとけ。おめえがアレをいじらしく思うのはわかるがな、そんななぁ今だけだぞ。じきに髭やら尻毛やらが生えて、男くさくなっちまう。そのうち女の尻を追っかけはじめる。おめえだって知れば女のほうがよくなるさ」  だが、そんな天翰も、そんなおのれ自身も、十一はまるで思い描けなかった。 「まあ、そうなるまえに冬が来りゃ……」  ついでのようにつぶやいて、牙良は黙った。 「冬が来れば……なんです?」  牙良は苦笑し、大路の牛糞を跨いだ。  十三夜の月下、十一は身震いした。耳が痛いほど深閑とした夜半(よわ)の町中。月明に柳楽屋の漆喰壁がきらきらする。  酒室の白漆喰の観音扉に、牙良は(のみ)と金槌を使った。海老錠が繋いだ金具を、漆喰ごと削りとろうというのだ。半刻(はんとき)ほどで牙良はやってのけた。喜々須がつぶやく。 「すげえ」 「へへ、大工の腕は悪くなかったんだぜ」  牙良は扉の片方からばきりと金具をもいで、あけ放った。銀鴟が顎で合図する。十一は踏みこんだ。高窓から差す月明り。ずらりと揃った常滑(とこなめ)の甕。下見のとき目星をつけた甕の蓋には、偽名の木札が置いてある。山賊どもは一口(いっこう)ずつかかえて、大路へと持ちだす。 「これで冬いっぱい呑めるぜ」  十二口の甕をならべた荷車を牙良が牽き、百舌が押して運んでいった。  がぢゃん、酒室で甕の割れる気配。がぼん、がぢゃん、と立て続けに音がする。この大ばかが、と夷虎の声。十一は駈けこんだ。砕けた甕からひろがる酒。 「潰れちまえ、こんな(たな)」  金槌を振りあげた喜々須は、夷虎に羽交い絞めにされた。銀鴟の声。 「おい、喜々須。人が来るぜ」 「来たら殺す」  喜々須は嚙みつく勢いだった。いつかの狂った山犬のようだ。十一はいう。 「殺すほどの恨みなのか」 「亭主が(たな)の金をくすねてたのを、あの男、あっしになすりつけやがった。あっしに行き場がないのを知っていて。下郎に折檻されて、女房に飯を抜かれて、あっしは死ぬところだった。あんな男を親のように思ってたなんて。許せるわけがねえ」  銀鴟の手が、太刀へ伸びる。とっさに十一は鞘ごとの刀を振るった。大甕が真っ二つになり、酒の波が草履の足を洗う。 「なら因果応報だ。そうでしょう」  十一は銀鴟にいった。黄金(こがね)の目が細くなる。十一は固唾(かたず)を呑んだ。おもむろに銀鴟は甕を持ちあげ、甕の列へ投げつけた。いっぺんに四つ砕けて、派手な音が(むろ)を満たした。銀鴟はいう。 「みんな割っちまいな」  夷虎は喜々須を手放して、片っぱしから甕を金槌で叩く。 「南無・阿弥・陀っと」  誰ぞおるんか、と表手で人声。銀鴟は匕首(ひしゅ)を喜々須に握らせた。 「それで()んな」  喜々須は頷いて、酒室を飛びだした。  酒室の甕があらかた陶片と化したのち、十一たちは外へでた。庭のまんなかに下郎と吉蔵が伏せていた。影のように黒い血溜り。喜々須の姿はなかったが、誰も行方を探そうとはしなかった。山賊三人はてんでに夜に散った。全身が酒くさく、それだけで十一は酔えそうだった。  夜明け前。峠の掘立小屋から、人影が転げでた。裸足の天翰は、何かを胸に抱いて飛びこんできた。十一はいったん抱きとめて、それから天翰の抱えたものを確かめた。小ぶりな草履、草色の鼻緒。天翰の泣きそうな目。十一はたまらなくなって、しゃにむに天翰を掻き抱いた。  日が昇った頃、喜々須は血を浴びて帰ってきた。 「(たな)に忍びこんで、持てるだけ持ってきやした」  (ふところ)からごろごろと満貫の宋銭(そうせん)がでてくる。銀鴟は勘定して、者どもの働きに応じて分配した。十一のぶんは、夷虎よりも一貫多かった。夷虎の不満の色。 「その一貫はお日羽のだ。(あめ)え瓜でも買ってやれ」  かたじけのうござる、と十一は懐に収めた。天翰が喜々須の血をふいて、着替えさせた。銀鴟がいう。 「喜々須、これで晴れておめえは〝梟〟の一味だ。こんどは銭に免じて見逃すが、もし次に手前勝手なことをしやがるなら」  銀鴟はさっと太刀を振った。鞘ごとのそれが喜々須の頸に当たる。 「わかったな」  へい、と喜々須は頷いた。銀鴟はにやりとした。 「おめえは十一につくんだな。こいつが甕を割らなけりゃ、とっくにおめえは首無しだ」  ぶるり、と喜々須は震えて、銀鴟と十一に()をさげた。

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