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ⅩⅢ

 幸い植え込みがクッションとなり、美優の怪我は擦り傷のみだった。しかし落下のショックが原因で美優は熱を出して寝込んでしまい、何故屋上に居たのかは不明なままだった。 「ごめんね総次。 余計な心配かけちゃって……」 「いえ……俺の方こそ春原さんから美優ちゃんを頼まれてたのに……」 「……屋上の鍵、開いてたんだ。 いつもは閉まってるのにね」  総次の病室は個室である為、プライバシーを守る点から監視カメラは付けられていないのだと言う。  総次は美優が自分の意思で屋上に向かったとは考えていなかった。美優が一人で病室に戻ったあの後、何者かが美優を病室から屋上へと誘い、総次が美優の不在に気付いた後で空になった病室に戻り、カーテンを開け窓を開けてから部屋の外から施錠をする。美優が総次の病室の真上から落ちるように仕向けたのもきっと計画の一つだろう。 「総次……ちょっとだけごめんね」  言うが早いか、藤吉は総次に抱き着いた。総次は藤吉が一人で娘を育てていた時の苦悩や、それ程精神的に強い人間では無いという事を知っていた。  藤吉の身体は小さく震えていて、総次はただその背中をゆっくりと撫でてやる事しか出来なかった。 「総次、お見舞いに来たよ! 調子は……」  空気を読まず、突然ノックもせずに病室に入ってきた透に、藤吉は慌て総次から離れる。 「あ、じゃあ俺はこれで……」 「あっ春原さん、美優ちゃんが気が付いたら教えて下さい。 ちゃんと、謝りたいんで……」 「うん、分かった」  総次への見舞い客に遠慮をし、藤吉はそそくさと病室を後にする。透は始めこそ視線で藤吉を追っていたが、藤吉の姿が見えなくなると総次に視線を戻す。 「……何かあった?」  祐一郎の件をまだ引き摺っているとは思えない総次の落ち込み具合に透は即座に異変を察知した。  始めは言い辛そうに言葉を濁していた総次だったが、何としてでも吐かせようとする透のセクハラ紛いの行為に諦め、藤吉の娘の美優の姿が突然消えた事、鍵の掛かっていなかった屋上の事、鍵が掛けられていた病室の事、何者かに開けられていたカーテンと窓の事を告げた。  怪訝な表情で総次の話を聞いていた透だったが、出した結論は総次と同じく第三者の介入だった。 「総次あのさ……見たくも無いかもしれないけどちゃんと見て欲しいんだ」  唐突に透が差し出したのは総次の携帯電話で、開いて見せたのはあの祐一郎からの遺書メールの添付写真だった。 「この手は……本当に祐一郎のもの?」 「何でそんな事……」  総次の目に飛び込んだものは、骨が見えるまで切り裂かれた手首。一瞬表情が変わるも、直ぐに自らの左手を指し示して透に教える。 「赤くなって分かりにくいかもしれないですけど、この手首の下辺りに二重の紐のような物が見えるでしょう?」 「え?そんなもの……あ、あった」  見落としていたらしい透が再度写真に目を通すと、確かに総次の言う通り光る物の付いた二重の紐が見えた。 「これね、俺が祐一郎にあげたやつなんです。 アイツがお揃いのものが欲しいって言うから。 俺のはもう捨てちゃったけど」 「そっか、やっぱり祐一郎か……」 「それが、何か?」 「ん……正義が気付いたんだけどね、総次もニュース見たでしょ? 祐一郎が発見されたのは深夜〇時頃だって」 「ええ、まあ……」  透は写真の画面を閉じ、メールの受信時刻を総次に見せる。 「でも、このメールは午前二時十四分に受信してる。 どういう事になると思う?」 「……誰かが、祐一郎の手首を……切って、写真を撮ってから……吊る、し……て……発見されてから、……メールを……?」 「まさかあんなに早く見付かるとは思って無かったって事もあるけどね。 俺たちも大体そんな考えだよ。 そしてそいつは昨日の夜この病室に忍び込んで春原さんの娘さんの事故を装った……」  透の言葉を聞く度に抑えていた総次の感情が込み上げてくる。今までの恋愛遍歴から、恨まれる事は幾らでも経験してきた。しかし今度の事は自分だけでは無く周りすら巻き込んでしまっている。美優の事も、幸い落ちたのが植え込みの上だったから良かったものの、もし少しでも外れていたら―― 「……透さん、ごめん一人になりたい」 「ごめん、それは出来ない」  今の総次を一人にすると何を仕出かすか分からない為、透は許可出来なかった。しかしやろうと思えば魔法を使って透を病室から追い出す事も可能だろう。 「……まあ、俺も進もこれから色々と調べなきゃいけない事があるから、代わりに見張りとして正義を置いていくよ。 正義、おいで」  透の言葉に、先程からずっと病室の前で待っていた正義が室内に入る。透は正義に持たせていた袋を受け取ると一つずつベッドの上に並べていく。 「小型無線機に監視カメラと盗聴器、何かあったら直ぐに呼べよ。 後これ着替えね」 「ありがとうございます……」 「じゃあ正義後は頼んだ」 「はい……」  透が出したものを再び袋に仕舞い、ベッド横の床に置く。正義がベッドの真横に椅子を置き座るも沈黙が二人を包む。 「総次さ……」 「魔法使いになんてなっても良い事なんて何も無いよ」  偶然タイミングが被ったのか、正義の言葉を遮るように総次が口を開いた。  総次は右手を伸ばし、その甲を見つめる。 「大切な時に、守れないなら意味無いよ……」  総次の泣き言を、正義はこの時初めて聞いたような気がする。先程の透とのやり取りも全て正義は病室の前で聞いていた。総次は自分が何者かから恨まれている事より、それが原因で周りの人間に被害が及んでしまった事に深く傷付いている。またそれを助ける事が出来なかったことに。  これ以上総次を傷付けるような不用意な言葉は言わないようにしようと心に決めていた正義だったが、思わず総次のその右手を取ってしまった。 「俺は……総次さんの魔法に救われたんです。 だから今度は……俺が総次さんを守りたい」  正義の言葉に目を丸くする総次だったが、正義の表情が真剣だった事に表情を綻ばせた。 「ありがとうな。 でも脱童貞だけはしといた方がいいよまじで」 「うっ……だって相手が居ないんですもん……」  痛いところを突かれるも、つい先日彼女と別れてしまった正義には全く宛てが無かった。 「俺の友達でいいなら紹介出来るけど……」 「女ですか?」 「いや男」 「男……」 「どっちも上手いよ? させコとゲイ専デリとどっちがいい?」  いつの間にか話題が正義の脱童貞話にすり変わっているのに気付いていない訳が無い正義だったが、こういった他愛の無い会話でも少しは総次の気が紛れるのならば正義にとっては幸いだった。 「あの……専門用語が良く……」 「じゃあ年下と年上どっちが良い?」 「随分とざっくりな……じゃあ年下で」 「年下な、了解。 空いてる日聞いて連絡するから」  総次は透が置いて行った自らの携帯電話を手に取ると目的の相手を選び出し簡潔なメールを送る。 「どんな人なんですか?」 「良い子だよ結構長い付き合いだけど」  「長い付き合い」。付き合いが長ければそれだけ総次の過去も知っているかもしれない。透と進も総次の過去は知っているが今の状態では教えてくれるかも定かでは無い。もし二人以外で総次の過去を詳しく知る相手に会えるのなら、もしかしたらそこから何かしらの解決の糸口が見えるかもしれない。例えば当時の総次の人間関係など、得られる情報は多い方が良い。 「あ、返事来た」 「え、早い」 「明日暇だってさ。 どうする?」 「行きます!」

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