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ⅩⅣ

「菅野正義、さん?」  総次の友人、侑李が待ち合わせに指定してきた場所は都内でもゲイスポットとして有名な繁華街の入口だった。  正義の写真は予め総次が送っており、それを見て侑李が探して声を掛けるというスタイルを取っていた為、正義は会うまで侑李の顔を知らなかった。  正義に声を掛けたのは、正義よりも大分小柄で黒髪が肩までと長く、サングラスを掛けていたがそれを外すと特徴的な大きな目をした少年だった。 「どうもー狭間侑李です」 「あ、どうも……菅野、正義です」 「筆下ろしだよね? 総次くんから話は聞いてるから。 さっ、サクッとやっちゃいますか」  正義の意向など聞かず、侑李は正義の腕を掴むと繁華街の奥へと歩き出そうとする。勿論脱童貞は正義の目標でもあったが、今ばかりは目的が違っていた。 「ちょ、ちょ、待っ……! 違うんです、今日はそっちじゃなくて……!」 「え? バックバージンのほう? いいよー俺リバだし」  正義の言葉に一瞬足を止めた侑李だったが、内容を誤認すると再度歩き始めようとする。 「ち、違うんですっ! 待って下さい! 今日は総次さんの事について聞きたくて……!」  正義の必死な訴えが届くと、侑李は足を止める。 「何で総次くんのこと?」  事情の呑み込めない侑李は怪訝そうな表情を浮かべて正義を見やる。 「あの、此処じゃちょっと言い難いんですけど……」 「オッケー、じゃあホテル入ろう」 「結局行くんですか!」 「だって、聞かれたく無いんでしょ?」 「はい……」  半ば侑李に押し切られる形で正義は近場の安価なホテルに入る事にした。男性同士の利用も珍しく無い事から、特にフロントで止められるという事も無かった。 「……で? 何よ総次くんの事で聞きたい事って」  侑李は部屋の中央にあるベッドに横になり、促された正義もベッドに上がり、正座をする。 「あの……志村祐一郎ってご存知ですか?」 「志村……? 誰?」 「えぇと……総次さんの最後から二番目の恋人だと……」 「最後ぉ? あんまり新しい相手知らないんだよね。 総次くん最近あんまそういう話はしなくなったから」  聞けば、侑李はニュースなども余り見ない為、祐一郎が死んだ事すら知らなかったらしい。 「で? 何が聞きたいの?」 「出来れば全部を」 「全部? 僕だって総次くんの事全部は知らないんだけど」 「あっ、知ってる事だけでいいんで……」 「そうだなぁ……」  正直、侑李が正義の知りたい事を全て知っているとは限らなかった。しかし今の正義にはその僅かな希望に賭けてみたいという思いしか無かった。 「総次くんなぁ……ああ見えて変態のドエムだよね」 「どえ……そうなんですか?」 「あれ? 知らなかった? 精神的にはドエスだけど肉体的にはかなりのドエムだよ。 ……でも精神的にも実はドエムなのかもね。 面倒な相手ばっかり好きになるから」  微かな記憶を頼りに、侑李は指折り総次の恋愛遍歴を語り始めた。 「確か最初は中学生に告られたって言ってた。 何か家庭事情に問題がある子みたいでね。 総次くんも初めての恋人だからどうしたら良いか悩んでた時に相談に乗ってくれてた貴斗と両思いだって事が分かったみたい」  『貴斗』。正義が何度か聞いた事がある名前だ。 「んで、二股状態になってて苦しんだみたいよ。 総次くん馬鹿正直だからさー、言わなきゃいいのに中学生に言っちゃったんだって。 で何か色々ごちゃごちゃあって……最終的に貴斗と付き合ったんだったかな? あ、違うわ。 二股状態の時にまた馬鹿正直に誰かに相談しちゃって、その相手から精神的に追い込まれて中学生の方に助けを求めたんだけど相手にならなかったから貴斗の方に行ったんだと思う確か」 「その……精神的にって言うのは?」 「んー何だったっけ……何かリスカのメール送り付けられたとか言ってたけど」  どくん、と正義の心臓が大きく高鳴った。 「貴斗さん……って自殺したとか……」 「ああ確かそうだよ。 総次くんと貴斗は付き合ってたんだけど何か貴斗のDVが酷かったらしくて、その時僕はまだ総次くんと知り合いじゃなかったんだけど……うん、何か酷かったんだって。 で、最後には自殺したって」 「何で……その人は自殺したんですか?」 「そこまでは知らない。 その後暫く鬱っぽくなってて……その後が、どっちだったかな?多分精神的におかしい方と付き合ってたんだと思う」 「精神的って……」 「『死にたい死にたい』って毎日そんなメール送ってきてたんだって。後そいつもDVが酷くて……あ、そうか、貴斗の時に総次くんがメンヘラになってて、結局それが貴斗が自殺した原因になってたって言ってたから、逆に今度はメンヘラを受け入れたいみたいな事を言ってたんだと思う」 「ちょっと待って下さい……少し、内容を整理させて下さい」  まだ四人ほどしか出てきてはいないが、侑李の飛びまくりの解説では正義は話を聞くだけで精一杯だった。  まず始めに、総次は中学生のAと付き合っており、同時に貴斗とも二股状態で付き合い始めた。そして二股状態をBに脅され、件のリストカットのメールを送られる。総次とAが別れたのはその直後と考えて良いだろう。  貴斗のDVの原因が総次のメンヘラ化にあったとするのならば、その原因を作ったのはBであると考えられる。Bのせいで総次がメンヘラと化し、それが原因で貴斗は総次に暴力を振るうようになる。そして最終的には貴斗が自ら死を選んだという事は、制御の利かなくなった自分から総次を守る為だったのではないだろうか。  貴斗の死によって総次は自らの行いを悔やみ、鬱を併発しながらもメンヘラから脱却をした。そして次に選んだのが昔の自分を投影したかのようなメンヘラのCであり、Cからは「死にたい」とメールが送り付けられ、貴斗同様暴力もあったが、総次の性格から考えてそれでもCを救いたいと考えたのかもしれない。 「メンヘラと別れてからね、竜樹と付き合ってたんだと思うよ。 そこまで僕は竜樹と仲が良かった訳じゃないけどさ、もうすっごいべったべたでね。 見てるこっちが恥ずかしいくらい竜樹が総次にべた惚れしてて。 でも何だっけ……竜樹が総次の事監禁したってのがあったと思う」 「監禁?」 「総次の事大好き過ぎて外に出したく無かったらしいよ? 確かその時は携帯も全然繋がらなくてまじ焦ったんだから」  侑李は笑いながら話していたが、当時の総次からしてみたら相当洒落にもならない日々だったのではないだろうか。 「多分竜樹の件で相当疲れたんじゃねーかな? 竜樹より後の人の事聞いた事もあるけど多分総次くん自身も思い入れとか無かったんだと思うわ」  ここまで出てきた人物を纏めると中学生のA、初めは浮気相手だった貴斗、DVが悪化し自殺を選ぶ。リストカットのメールを送り付けたB、メンヘラで「死にたい」とメールを送ったC、そして溺愛の上監禁をした竜樹。祐一郎をこの中に加えたとしても、相当アクの強い人間ばかりが揃っているように見える。また、侑李の話に祐一郎とおぼしき人物が出て来なかった事や、竜樹より後の思い入れが無いという事から、祐一郎はその総次から思い入れが無くなった時期の恋人と見られる。  正義の脳裏に『殴る』という単語が浮かぶ。祐一郎が総次を大人しくさせようと行使した言葉だ。リストの中で暴力を振るっていたと見られるのは貴斗とCのみだ。 (あと何か……忘れている事はないか?) 「魔法の弱点……?」 「ん、なに?」 「ああいや、何でも……」 「取り敢えず僕が総次くんから聞いてる話はこの位だよ。 参考になった?」 「あ……総次さん、殴られる事が嫌いみたいなんですけど原因って分かりますか?」 「殴る……? なら貴斗でしょ。 ほんとに貴斗の事大好きだったみたいだからね。 貴斗に殴られたり『死ね』って首絞められたのが相当辛かったみたいだし」 「『死ね』……? あのそれって、総次さんの前に貴斗さんがメンヘラだったって事になりませんか?」 「その辺はさ、難しいんじゃない? どっちが先にメンヘラになったかとかはさ。 どっちかが先で片方を引きずり込んだ悪循環みたいなモンじゃん」 「そうですよね……」  状況から見れば明らかに先に精神に異常を来したのは総次だ。貴斗は始め総次を守る気でいたが、次第に総次の闇に引き込まれていき、総次を傷付ける存在となってしまったのではないだろうか。自ら死を選んだ事が、総次を守る行為であると総次が気付かない訳が無い。自らが貴斗を傷付けてしまったから、その結果貴斗を死なせてしまい、だからこそその後からは自らも傷付く事をいとわない道を選んだのか。  ではあれは――  透と進との行為。身体も魔法も捧げているという言葉。総次は自分を犠牲にする事が貴斗への償いになると考えているのではないだろうか。自分が幾ら傷付いても貴斗を傷付けた罪は消えない。そう思うからこそ……総次は生きている限り貴斗に償い続ける気では無いだろうか。  ――「死ね」と言わせてしまった。  ――首を絞めて殺させようとしてしまった。  ――手を上げさせてしまった。  ――最終的にはそれを悔いて自ら死を選ばせてしまった。  総次はそれらの全てを自分のせいだと思っているのではないだろうか。 「透、分かったぞ。 志村がうちの後に依頼した探偵」  事務所は臨時休業のままだったが、透と進の二人は今までの人脈を駆使し、祐一郎に入れ知恵をした根源を探していた。 「誰、これ……」 「同業者だ。 藤見修哉、あの時総次にリストカットのメールを送り付けた張本人」 ――「総次っ、どうしたの?最近元気無いじゃん。真人くんは?」 ――「修哉さん……あの、相談したい事があるんですけど……」 「総次が真人と貴斗の二股を掛けていた事を知り、総次を脅迫して精神的に追い込んだ張本人だ」 ――「あ、ほらメール。 貴斗からじゃ……ん?」 ――「様子がおかしくないか?」

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