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「悲しい」

目の前にいた巨人は水となって消え去った。 俺はサーベルを突き出したままの状態で、荒い呼吸を繰り返した。 自爆装置を握った手が汗で湿り、グローブを濡らしていた。俺はゆっくりとそれから手を離した。 一方で、しがみついていた巨人を失ったリアンのクローラは音を立てて砂漠に沈んだ。 「リアン……お前なんで……」 俺は上半身だけのクローラを見下ろした。腹のあたりに焼け焦げた跡。 リアンのクローラは内側から爆発したようだった。 リアンが乾いた笑い声をあげた。 「シャドが死ぬの見たくなくて、先に自爆装置、引いちゃった」 「……は?」 リアンの言葉がとっさに理解できなかった。 何を言ってるんだ、こいつは……? 自爆スイッチを先に引いた? 俺よりも先に? あのタイミングで自爆しても、敵に大したダメージを与えられなかったはずだ。 下手したら近くにいた俺を巻き込んで二人とも死んだだけだ。 リアンの考えている事がまるで理解できない。 俺は宇宙人と話しているような気分になった。 「なんか思ったより爆発が少なかったかな。ま、結果オーライだけど」 普通、自爆といえば、周りの敵を巻き込んだ大爆発を起こす。 無論、パイロットは死ぬ。 自爆装置は敵からの肉体的、精神的攻撃で脱出が出来なくなってしまった場合に、やむなく起動させる。 この程度の爆発で済んだのは不自然だった。 「多分起動してねぇ爆弾があると思うぞ。リアン、不安かもしれねぇが動くな。振動がきっかけで爆発するかもしれねぇ。すぐ処理班を呼んで……」 しかし、俺が全てを言い終わるより先に、リアンのコックピットが開いた。 俺は閉口して、怒る気力も湧かなかった。感じたのは空しさだけだ。 (なんでそんな無闇に危険を冒すんだよ) 「おい、危ねぇからこっちに来るんじゃねぇぞ」 しかし、そんな言葉でリアンが言うことを聞くはずがない。わかっているが、言わずにはいられない。 機体を飛び出したリアンは、円盤式の小型移動機に乗り込んだ。 小型移動機はその名の通り円盤に象られた床の底に噴射機が付いており、人を乗せて宙に浮かせる乗り物だ。 円盤式パイロットがクローラから降りるときに使われる機械だが、リアンはまっすぐ俺のコックピットに向かっている。 一応、戻れと言ってみたが、聞き分けの悪い相棒はコックピットの前で待ち構えている。 太陽に熱された機体は高温でグローブ越しとはいえ、触ればやけどは免れないだろう。 このままだとリアンはやけども気にせず、外側から無理やり扉を開きそうだ。 俺はため息をつくと仕方なく、扉を開いた。 「シャド! シャド! シャド!」 (うるせぇ) ゆっくり開いていく扉が待ちきれないように、リアンは開き掛けた扉の下をくぐって中に入ってきた。 俺はリアンの姿を見てぎょっとした。 頭を打ったのか額から血が垂れていたし、腕のスーツも破れ、中から血肉が見えていた。 そんな痛々しい姿だというのに、当の本人はけろりとしているから、それがかえって不気味に思えた。 「お前、大丈夫か?」 「シャド、怪我は?」 相変わらず、リアンは俺の話を聞かない。 お前が傷だらけだろ。 そう言いたかったが、息がつまるほどの馬鹿力で抱きしめられた。文句を言わなかったのはリアンの体が気の毒なほど震えていたからだ。 「おい、手当……」 「俺はいいんだ! シャドが無事ならそれで」 「よくねぇよッ!」 俺の中で何かが切れた。 俺はリアンの襟首を両手で掴んで怒鳴った。思いっきり掴みあげると、リアンは驚いたようにただ固まって俺を見下ろしている。 敵は倒して、リアンも俺も生き残れた。 なのに、俺の心は悲しみに満ちていた。 リアンの顔が涙でぼやけていった。 「全然……、全然よくねぇよッ! ……てめぇ、マジでいい加減にしろよ」 「シャド、なんで泣いてるの?」 「てめぇのせいだろ……。てめぇが……自分を粗末にするから」 襟首を掴んだ手に力がこもる。下を向くとぽろぽろと涙が雫となって床を汚した。 みっともないと思っても、涙を止める術がなかった。 嗚咽を堪えながら、声を絞り出した。 「てめぇは、自分が死んでも大したことねぇって思ってんだろ。それがムカつくんだよ!」 叫びと共に、俺はリアンを押し倒した。尻餅をつくリアンに、俺は拳を振り上げた。リアンは黙って俺を見ている。その顔は不思議そうにも見えたし、悲しそうにも見えた。額から垂れた血をぬぐいもせずに俺を見つめている。 そんなリアンを殴れるはずもなく、俺はその拳で彼の胸を叩いた。 「俺は弱ぇし、お前に助けられてばっかりで、自分が情けなくて……。リアンのクローラが止まった時、俺はやっとお前を助けられるって思った。……なのに、お前は……俺を置いて……あっさり……」 さよならも言わずに自爆装置のレバーを引いた。 それを言葉に出来ず、ただ嗚咽を漏らした。 俺は、俺を泣かせた男の胸で泣いた。 「リアン……、お前はなんでそんなに死にたがるんだよ」 俺がリアンを抱きしめると、リアンは俺の髪を恐る恐る撫でた。指先で髪を触れるか触れないかぐらい、そっと撫でていた。 その触り方はリアンの困惑そのもののようだった。 俺はその胸に自分の濡れた頰を押し付けた。リアンの鼓動が聞こえる。 「俺は悲しいよ。お前がいなくなったら、すげぇ悲しい」 「……ごめん」 ひねり出すような声で、リアンはようやく答えた。 顔を上げると、リアンも泣いていた。 血と涙で汚れた顔が情けなくて、愛おしい。 笑おうとすると溜まった涙がまた溢れた。 「リアン……生きてて良かった」 俺はそう言うと、グローブでその顔を拭ってやった。

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