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「宝石」

俺は兵舎からタクシーに乗り込んで、街へと向かった。 タイヤを必要としないエアカーが主流となって幾分経つが、この街は砂漠が近いせいもあって埃が舞うという理由で車も未だにタイヤが付いているものが多い。 俺が乗っているタクシーもそうだった。 座席の下から伝わる地を踏む振動が心地よい。 都会に出るには、駅に向かいそこからリニア列車に乗り換える必要があったが、そこまでする時間はなさそうだ。 俺は街で唯一の商店街まで来ると、車を降りた。 買い物帰りの中年女性や学校帰りの若者、子供、老人。兵舎の中では見かけない人たちが商店街を歩いている。 (……久しぶりの『外』だな) 向かった先は、古い宝石屋。『ホーラ』と読むその店は、賑やかな商店街の喧騒を避けるように裏路地にひっそりと佇んでいる。 今時珍しい手動のガラス扉を開いて中に入ると、ショーケースが所狭しと並んでいた。中には様々な色の宝石がついたアクセサリーが輝いている。数歩歩いて手を伸ばせばすべての商品に手が届きそうなほど、本当に小さな店だった。 扉に備え付けられた鈴の音に呼ばれ、店主が奥から出てきた。 四十代ぐらいだろうか。襟を首元までしっかり留め、丸い金縁のメガネがよく似合う男だ。 店主は軍服姿の俺を見ると、目を細めた。 「おやおや、これはこれは」 初めて来る店なのにまるで久しぶりに会う客人のように扱われ、俺は言葉を詰まらせた。 俺の困惑をよそに店主は親しみのある笑顔のまま俺に尋ねた。 「婚約指輪ですか?」 「え? そうだけど……」 なんで知ってんだよ。と言いたい俺の表情を読み取った店主はわざとらしく眼鏡を押し上げた。 「おっと失礼。長年この仕事をしているとね、顔を見ただけで何を買いにきたのか分かるんですよ」 「はあ……」 宝石屋にそんな魔法使いのような能力があるなんて知らなかった。 俺は曖昧に返事をした。 「まあ、一応聞きますか。男性用、女性用どちらの指輪をお探しで?」 「男」 ふふっと漏らした店主の笑い声には、やっぱりねというような声が含まれているような気がした。 俺はポケットからリアンの指のサイズを書いたメモを店主に渡した。 兵舎に出る前にリアンのグローブからサイズを割り出したのだ。 パイロットスーツはオーダーメイドで緻密(ちみつ)だ。指のサイズを測れるほどの正確さはあると願いたい。 「……あの、すぐ持って帰りてぇんだけど」 「ええ、わかっています。軍人さんはみんな口を揃えてそう言いますから」 店主は笑みを浮かべながら、店の奥へと消えていった。 実はこの店、軍人御用達の店である。 兵舎から近いのも理由のひとつだが、オーダーメイドが主流の宝石屋の中では群を抜いて既製品が多いからだ。 つまり買ってすぐ渡せる。軍人は総じて待てない生き物なのである。 俺もその一人だった。 しばらくして、店主はジュエリートレイに入れて十点ほどの指輪を持ってきた。 「代表的な物をいくつかお持ちいたしました」 どれも美しいサファイアを嵌められた指輪が並んでいる。 婚約指輪は性別に関係なく結婚したい方が贈る物とされ、男性用、女性用と両方ある。 立て爪のルビーを左手の薬指に付ける女性用の婚約指輪に対し、男性用はサファイアの指輪を左手の人差し指に付けるのが主流だ。 俺は目の前に並べられた青い輝きを前に言葉を失った。 (わ……分かんねぇ〜ッ!) 勢いでこんなところに来てしまったものの、宝石の違いなど俺にはまるで分からなかった。 指輪はどれもシルバーで、真ん中に青い石が付いている。どれがいいのかなんて皆目見当もつかない。かと言って、目の前の店主に何を聞けばいいのかすら分からない。 困っていた俺を見かねたのか、店主が声を掛けてきた。 「予算に合わせていくつか見繕いましょうか」 「お願いします」 即答するとクスリと笑われ、気恥ずかしい気持ちになった。 俺は言い訳がましく呟いた。 「こういうの、全然分かんなくて」 「男性で宝石に詳しい人なんて僕ぐらいなものですよ。お気になさらず」

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